【スポーツ】アンプティサッカー日本代表・近藤碧くん、C大阪杉本健勇と交わした約束
世界へ踏み出す14歳がいる。上肢、下肢を失った選手が杖を支えにプレーする「アンプティサッカー」の日本代表、近藤碧君(あお=14)=大阪市阿倍野区=は、10月に開幕するW杯メキシコ大会に出場する。24日には関係者の計らいでJ1C大阪の舞洲練習場を訪れ、憧れのFW杉本健勇(25)と対面した。
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2歳上の兄の影響で小学1年から地元のクラブチーム「SS2001白鷺ジュニア」でサッカーを始めた。プロを夢見て、毎日夢中でボールを追った。そんな日常が、何の前触れもなく暗転した。小学6年の12月、自転車に乗って試合へ向かう途中に自動車との交通事故に遭った。左脚開放骨折などの重傷を負い、左膝から下の切断を余儀なくされた。
目覚めると左脚を失っていた。医師に「サッカーはできないんですか」と問い掛けた。アンプティサッカーの存在を知らされたが、気乗りはしなかった。大人でも到底受け入れがたい現実。だが「早く友達に会いたいな」と、12歳の心は必死に前を向いた。サッカーをやめようとは思わなかった。「好きだから」。義足を装着し、チームの練習にも参加した。
中学2年の夏休み。所属チームの指導者に勧められ、アンプティサッカーを体験した。「普通のサッカーと変わらなかった。当たりも激しくてスピードも速い。めっちゃ楽しかった」と、その場で入団を決意した。以来「関西セッチエストレーラス」と地元クラブの両方でボールを蹴る日々が続いている。
アンプティサッカーと出会って1年足らずで、14歳ながらW杯日本代表に選出された。W杯に年齢制限はなく、チーム最年少で大人に交じってプレーする。「ちょっと緊張するし、遠慮もある」とはにかむが、「ドリブルで相手を抜いたり、アシストやシュートをいっぱい決めたい」とW杯での活躍を思い描き、目を輝かせた。傍らで支え続けた母恵さん(39)は「碧らしくプレーしてほしい」と願いを込めた。
舞洲練習場を訪れた日、杉本とパス交換をして、リフティングを楽しみ、サッカーを語り合った。憧れの選手を目の当たりにして「恥ずかしかったけど、うれしかった」と照れたように笑った。「普通にサッカーをできることがどれだけ幸せなのか。すごく勇気、パワーをもらった」と決意を新たにした杉本は、自身の背番号9のユニホームに「お互い世界へ羽ばたこう!」とメッセージを添えてプレゼントした。この日交わした約束は、2人をさらなる飛躍に導くだろう。(デイリースポーツ・山本直弘)
◆アンプティサッカー アンプティは英語で切断手術を受けた人を意味する。競技は国際アンプティサッカー連盟(WAFF)が統括し、7人制で行われる。日本では2010年に元アンプティサッカーブラジル代表の日系3世エンヒーキ・松茂良・ジーアスが来日したことをきっかけに普及活動が開始された。W杯は1998年から開催されており、日本は4度目の出場となる。