【野球】広島・上本が広陵での3年で学んだ人間力、あいさつ、返事…
白熱した試合が続いた「第100回全国高校野球選手権大会」が、21日に幕を閉じる。広陵出身の広島・上本崇司内野手(27)は2年の春と夏(07年)、3年夏(08年)に甲子園に出場。現在守備と走塁のスペシャリストとしてチームに貢献するプロ6年目が、平成最後の夏に強豪で過ごした3年間を振り返った。
喜び、感動、さまざまな思いを胸に聖地に足を踏み入れた。グラウンドから見渡す景色、雰囲気、声援-。全てが最大限のパフォーマンスを引き出してくれた。
「高校球児にとっての一番の場所。感動しましたよ。うわ~すげ~、と。注目を浴びるので、すごいモチべーションが上がる。力以上のものが発揮されるというのは本当にあると思います」
最も心に残っているのは2年の夏。現在もチームメートである野村、土生、巨人・小林らが1学年上におり、準優勝した89回大会だ。上本は全試合に「2番・遊撃」で先発出場。決勝では佐賀北に4点リードから逆転負けを喫したが、佐賀北戦よりも1回戦の駒大苫小牧戦の方が強く印象に残っているという。
相手は前年まで3年連続決勝に進んでおり、優勝候補の一角にも挙げられていた。緊迫した展開となり、2-3で九回の攻撃に入った。先頭だった上本は中前打で出塁し、後続の適時打で同点のホームを踏んだ。その後、内野安打と敵失が絡んで勝ち越し。見事な逆転勝利を収めた。
「土壇場でした。みんなでつないで。あれが一番激しかった。大きな勝利でした」。チーム一丸となって強敵を倒したことで勢いに乗り、決勝まで勝ち進んだ。
3年夏の大会でも2回戦の横浜戦で先頭打者アーチを放つなど活躍。チームは3回戦に進めなかったが、上本は「1番・遊撃」として計9打数6安打4打点をマークし、非凡な才能を見せつけた。
広陵での3年間は「私生活、人間力」も学んだという。「当たり前のことですけど、あいさつ、返事、勉強」。中井哲之監督から口酸っぱく言われたことは、現在も生きている。また、中井監督と両親からは「大学は絶対卒業しなさい。野球人生は短いから」と助言されたことも記憶に残っている。その後、明大を経てカープの一員に。現在は守備固めや代走での出場が中心だが、8日の中日戦(マツダ)では1年目の13年以来5年ぶりに先発し、三塁守備で勝利に貢献していた。
汗と泥にまみれ続けた広陵時代。「甲子園での緊張はなかったですけど、先輩が怖かったのでその圧はすごかった。3年間はいい思い出です」。鯉の背番号0は爽やかな笑顔で振り返った。(デイリースポーツ・田中 哲)