【スポーツ】23歳で引退…母思いの心優しき王者山中竜也
23歳の若さでリングに別れを告げた。前WBO世界ミニマム級王者の山中竜也=真正=が8月31日、神戸市内の所属ジムで引退会見を行った。「最初は自分のことじゃないような感じで受け止められなかったが、徐々に現実なんだなと考えた」と率直な思いを口にした。
7月13日にビック・サルダール(フィリピン)と拳を交えた2度目の防衛戦。7回にダウンを喫するなど0-3の判定負けで王座を失った。試合後の控室では「これで終わるつもりはないです」と再起へ意欲を示していた。だが、帰り道で激しい頭痛に襲われ、救急車で神戸市内の病院に搬送された。
診断結果は硬膜と脳の間に血腫が形成される「急性硬膜下血腫」。意識はあったが集中治療室(ICU)に5日間入った。出血が止まらなければ開頭手術の可能性もあった。母理恵さんは医師から「会わせておきたい家族の方がいれば呼んでおいてください」とまで言われ、頭が真っ白になったという。
日本ボクシングコミッション(JBC)の規定では「コミッションドクターから頭蓋内出血(硬膜下血腫等)と診断された場合、当該ボクサーのライセンスは自動的に失効する」と定められている。
診断が下った瞬間、山中が再びリングに上がることは不可能となった。静かな病室で引退を告げられた山中は、真っ先にその場にいた母・理恵さんの顔を見たという。母は知っていただろうか。もし知らなければきっと自分よりもショックを受けるはずだと、とっさに母を思いやった。これ以上ボクシングが続けられないことを、母は事前に知らされていたが、息子の気遣いを察してさらに胸が締めつけられた。
山中にとって生きがいとも言えるボクシングを失い、理恵さんは「自殺なんかしたらどうしよう」と不吉な考えも頭をよぎったという。その夜、母の携帯電話が鳴った。息子からだった。「おっかあ、俺が自殺するとか思ってる?そんなんないから」。母の心配を見透かしたかのように、息子は優しく言った。「考えていることが本当に似てるんです」と理恵さんはほほ笑む。母と息子は以心伝心の絆で結ばれている。
引退が決まってから、山中は母の前で一度も涙を流したことがないという。理恵さんもまた、息子の前では泣いていない。余分な心配をさせないように、母子はお互いを強く思いやってきた。女手一つで6人きょうだいを育ててくれた母に家を建てることが夢だった。「ボクシングではその夢は叶えられなかったけど、また違うものを見つけてその夢を達成できれば。僕のやりたいことに協力してもらってありがとうございます。でも心配かけてすみません」と、母への感謝と謝罪を語った。
今後については「まだ探しています」と白紙であることを強調した。同門の先輩で元世界3階級王者の長谷川穂積氏からは「やれることを見つけてやってみて、それがやりたいことになればいいな」と言葉を贈られたという。どんな道を歩もうとも、これから踏み出す第2の人生に幸多からんことを切に願う。(デイリースポーツ・山本直弘)