【野球】広島・新井の獲得に携わった鈴木球団本部長が明かす入団から引退まで

 別れを惜しまれながら、静かにユニホームを脱ぐ。プロ20年目の決断。新井貴浩内野手の歩んだ軌跡に、そっと寄り添い続けた男がいる。広島・鈴木清明球団本部長。獲得に踏み切った入団の経緯から、涙、涙の会見となった阪神移籍。そして球団では過去に例のない、FA移籍した選手の復帰。全ての節目に携わってきた。

 「結局、最後は人間性なんよな」。新井という男を振り返ると、遠い目をして静かに笑う。思い出すのは20年以上も前の話。だが、記憶は鮮明だ。当時、主力だった野村謙二郎氏(元監督)が部屋に来た。母校・駒大の後輩でもある新井を、ドラフトで獲ってほしいという。

 「『チームをまとめていく上で、しかられ役として必要になる選手。獲ってほしい』と言われたんよ。守備は良くなかったし、打てるかどうかもわからなかった。でも広島出身の選手。体も大きかったから、もしかしたら…というくらいだったな」

 松田元オーナーらとも相談の上、ドラフト6位で獲得を決めた。「もう無理だ」と感じたプロ1年目。だが、運命は新井に味方した。FAで江藤(智=現巨人3軍監督)が巨人に移籍したことで「4番・三塁」が空白に。育成急務のチーム事情が新井を育てた。光の数だけ影があるように、努力の数だけ流した汗がある。涙がある。2003年。阪神に移籍した金本に代わる形で、山本浩二監督(当時)から4番に任命された。

 焦り、力み、重圧で大失速。だが、4番は不動だった。同年7月10日の阪神戦(広島)。たまったフラストレーションが一気に爆発した。観客の心ないヤジに生涯初めて応戦した。同本部長が述懐する。

 「開幕から絶不調。浩二さんに「もう代えた方が…」と進言したこともある。でも『4番というのは、状態がいいから、悪いからで代えたらダメなんだ』と。ずっと我慢して使ったというのもある。あの時に、4番の重さというのを初めて感じた。チームとして、我慢して作り上げた打者。ある意味、しごかれても、必死になって練習についてきたよな」

 2000年代前半。いわゆるカープの“暗黒時代”である。4番は新井、エースは黒田博樹氏。広島市民球場に来る観客が、1万人を割ることも珍しくなかった時代だ。同部長は2人と顔を合わす度、チーム再建の方法を話し合った。

 「一番、チーム状態が悪い時にいろんな話をした。よく言われる“暗黒時代”でチームの中心。新井と黒田は年俸も、一番(成績が)いい時に一番悪い方(の条件)を飲んでくれた。チームの話もたくさんした。優勝を目指そうと言っていたけど、当時の球団の財力、戦力では到底無理。それでもどうやったら勝てるか、話をした」

 だが、2007年オフ。兄のように慕っていた金本知憲(現阪神監督)の後を追い、阪神にFA移籍を決めた。数回の交渉の末、電話で決断を聞いた。他球団に移籍する選手の会見は、通例として球団ではなく近隣のホテルで行われる。「ワシは行かんぞ」。受話器を切る前に、そう伝えた。新井本人もそう認識している。だが、翌日。気付けば会見場に足が向いていた。

 「出て行った経緯にしても、恨みは一切なかったんよ。いかんぞと言ったけど、実は会見ものぞきに行った。そしたら涙を流していたな。それから、ずっと気になっていたな」

 いまだから明かせる真実がある。大粒の涙が流れた移籍会見。「つらいです。カープが好きだから」。泣き崩れる新井の姿を見たあの日、あの時、広島復帰の道筋は出来上がっていたのかもしれない。2014年オフ。阪神を自由契約になった後、すぐに電話を入れた。

 「帰ってこい」

 「どの面下げて帰ればいいんですか」

 「ええから、帰ってこい。大丈夫じゃ」

 2人の会話はこれだけで十分だった。

 「新井が気にしていたのは反発。緒方(監督)のもあった。指揮官として一度、出て行った選手を戻すことに葛藤はあったはずよ。でも最後は『もし、もう一度、同じユニホームを着るのであれば仲間。僕らが守ってやりますよ』と。緒方の言葉も伝えた。新井も喜んでいたよ。キャンプは初日から、こっちが大丈夫かと思うくらい練習していた。そういう彼の人間性、彼の姿に心をとらわれていった。反発がありながらも戻って、結果が出せる。誰もが同じじゃない。新井だからこそ、できたものだと思う」

 プロ生活20年。ドラフト6位以下の大卒選手で史上初めて、2000安打を成し遂げた。だが、輝かしい実績以上に、感謝している姿があるという。

 「衣笠(祥雄)さんも、カネも骨折してもグラウンドに立った。新井もそう。右手を大きく腫らしても打席に立った。常にプロとして、ポジションを取られてたまるか、という危機感があるんだと思う。琢朗(石井=現ヤクルト打撃コーチ)にしても、豊田(清=現巨人投手コーチ)にしても、晩年の選手になにを求めるかというと、最後は人間性。それが一番。チームにいかにいい影響を与えてくれるか。それが大きいよな」

 いよいよ3連覇を目前としているチームに、その背中で示した功績は計り知れない。(デイリースポーツ・田中政行)

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