【スポーツ】壮絶打撃戦の末の3階級制覇 田中恒成の心はなぜ折れなかったのか
心を揺さぶる壮絶な打撃戦だった。24日に行われたWBO世界フライ級タイトルマッチで、挑戦者の田中恒成(23)=畑中=が王者の木村翔(29)=青木=を2-0の判定で下し、世界最速タイ12戦目で世界3階級制覇を成し遂げた。
アマ経験がほぼ無く、13年のデビュー戦は初回KO負け。昨年中国に乗り込み“大番狂わせ”で世界王座を奪取した木村に対し、田中は高校4冠を引っ提げプロ5戦目で世界王者に、同8戦目で2階級制覇を達成している。注目の日本人対決は雑草VSアマエリート、スタミナとメンタルの木村VSスピードとテクニックの田中という図式で語られていた。
だが、戦前の予想に反し、初回から田中が足を止めて打ち合いに出た。2回にはカウンターの左フックが木村の顔面をとらえ、その後も多彩なコンビネーションで主導権を握った。中盤は時に機動力を有効活用しながらポイントを積み上げ、終盤は再び至近距離で拳を交えた。
なぜ打ち合ったのか。「スピリットVSスピリット。心が折れた方がつかまる」と話していた畑中清詞会長は試合後に陣営の覚悟を明かした。「(相手に)触らせずにポイントだけ取ろうとは考えていなかった。木村君は侍。よけながら12回やれる訳がない。こっちも斬らないと」。“綺麗なボクシング”だけで木村の強靱な精神力を凌駕することは困難だと説明した。
田中自身も「メンタルがキーになる。気持ちの勝負」と繰り返していた。「危機感」という言葉を何度も口にして地道な走り込みにも取り組み、「細かい技術より、もう一度気持ちを入れ直して練習する、初心に返る試合だった」と振り返った。勝因を問われ「抽象的ですけど、気持ちで負けなかった」と語った言葉に、田中の思いが凝縮されていた。ノックアウトで木村の心を折るまでには至らなかったが、田中の心もまた、折れることはなかった。
激闘から一夜明け、会見を終えた田中は「『どうして心が折れなかったのか』って聞かれなかった。話したいことがあったんですが」といたずらっぽく笑った後、秘めていた思いを語った。木村対策として、相手のトレードマークとなっている黄色のグローブでスパーリングを行ったが、黄色は既製品として出回っておらず、畑中会長が探し回って中古品を調達してくれたという。河合貞利トレーナーは早朝、自身の仕事の前に田中の走り込みに付き合ってくれた。他にもさまざまな後押しがあった。「そういったことが今回は本当に大きかった」と田中は噛みしめるように話した。周囲の支えに対する感謝が、田中の心をより強靱なものにした。(デイリースポーツ・山本直弘)