【スポーツ】稀勢の里に見た美学 力士会で見せた相撲に対する真摯な姿勢
大相撲の横綱稀勢の里が引退した。記者が担当していた期間は短かったが、横綱に感銘を受けたある場面を、記してみようと思う。
大相撲では毎場所、番付発表の翌日に、親睦と日本相撲協会への意見集約を目的とした力士会が行われ、十両以上の関取が参加する。例えば巡業の待遇を協会に提言したり、引退相撲を控えた新米親方が関取に参加を要請する場面があった。
東京場所での同会は、両国国技館内の相撲教習所で行われる。同所は学校の教室のようで、黒板と教壇を前にして机が整然と並べられている。座席は自由なだけに、座る場所に関取同士の人間関係が垣間見えて興味深かった。
大卒、高卒、中卒たたき上げ、学校の先輩後輩、同郷、モンゴルなど海外出身…。固まっていグループはすぐ分かった。混在している場合は、ギャンブル好き同士だったりと、何らかのつながりがあった。
では、稀勢の里はどのグループに所属していたのか。
当時大関だった稀勢の里は、教習所に入るなり、教壇の真っ正面、最前列の中央に腰を下ろした。背筋を伸ばして前を向いたまま、誰とも話さず力士会が始まるまでを過ごしていた。
もちろん、仲が良かったり、話の合う関取はいた。ただし報道陣の前では、勝負を競い合う者同士で談笑する姿などは見せたくなかったのだろう。そこに横綱の美学を感じた。
後日、記者の感想を伝えると「さあ、どうだろう」とはぐらかされた。その際の人なつっこい笑顔は、今も覚えている。(デイリースポーツ・2012~13年相撲担当・山本鋼平)