【芸能】「100分de名著」は1人で選定 NHKプロデューサーの苦労とやりがい
タレント・伊集院光(51)が司会を務めるNHK Eテレ「100分de名著」(月曜、後10・25)は2011年3月の番組開始から今年5月放送の「平家物語」まで、スペシャル版を含めて約100冊の名著を取り上げてきた。古今東西の名著の選び方といった番組制作の舞台裏から、令和時代に必要な名著など、5年前から同番組を手掛ける秋満吉彦プロデューサー(53)に話を聞いた。
世代を超えて読み継がれる書物が多数ある中、番組で紹介する名著をどのように選んでいるのか。秋満氏は名著を選ぶ際に、「現代を読む教科書」を基準に選んでいるという。
「僕がプロデューサーになったのは5年前。先輩方が築き上げた古典をきちんと解説するというベースは守りつつ、今起こっていることに対して、『これを読むことで問題の見え方がはっきりする』など現代の人たちにとって名著がどう役立つかを考えるようになった。無名でも魅力があったり、現代に切れ込んでいるものは取り上げようという基準でやっています」
最近でいえば、今年2月に放送したスペインの哲学者オルテガが著した「大衆の反逆」は、SNSの隆盛で他者の動向を気にかける現代人にも通じるところがあると感じ、取り上げた。主体性を失った無定型で匿名な集団「大衆」の問題を描いた大衆社会論を紹介後、番組と連動して発売されるテキストは放送後も売れ続けるなど、反響があった。
紹介する本を選定しても番組で紹介できるとは限らない。指南役となる講師を見つけることも大事で、「名著を『これで行こう!』と思っても語り手が見つからなくてポシャることもある」という。
書物と指南役が合致すると放送時期も検討する。「文学、哲学、古典とある中で偏っちゃいけない。全体のバランスがあって、事前にストックしておく」。同じジャンルが続かないように気を配りながら、シーズンを見通して紹介している。
名著と指南役の選定からブッキングまで全部、一人で行っている。「一番きつい」と語りつつも表情は明るい秋満氏は、「8カ月先を決めないといけない。自分が決めて、ブッキングぐらいまではやらないと走れない」といい、「結構、大変なんですよ。本選びと講師選びとブッキングに全エネルギーを使っている感じですかね」と笑う。8カ月先の企画書に向けた名著を読みながら、放送間近の本の読み直し、ストック用に話題書を読むなど、月に平均して6~7冊を読んでいる。
番組を構成する上で一番骨が折れるジャンルは難解な哲学書ではなく文学作品という。
「思想系はストーリーではないので、前後関係を入れ替えてもいい。『エチカ』(スピノザ著)は下巻から読んでいいとか、企画書は自然とかけてくる。一番やっかいなのはストーリーの文学系。前後関係を無視できない。単にストーリーを追っているだけだと視聴者は納得しない。テーマが決まってこない。どう料理すればいいのか毎回、悩まされる」
一番苦労した作品は今年1月に放送した、主人公スカーレット・オハラを描いた「風と共に去りぬ」(マーガレット・ミッチェル著)だったといい、「最初は曖昧模糊としていたストーリーのテーマが見つかると快感です」と放送4回分のテーマを発見した時の喜びを口にした。
100分(25分×4回)という時間で名著を紹介することには、「制限というよりは視聴者に対するキャッチーさを持っている」と捉えている。「100分de名著」と銘打ってからは、「テキストが売れた。あの大長編が100分で読めるというお得感がある」。放送時間も、「1本25分だと、『見ていたら終わった』という物足りないサイズ感」と次回につなげられる尺と分析。番組立ち上げ当初の先代らが決めた100分に、「いいものを考えてくれた」と感謝もしていた。
番組で名著を紹介する重みを感じる出来事もあった。昨年9月に同番組の司会を務めた島津有理子さん(当時、NHKアナウンサー)が番組公式サイトで、「医師を目指して大学で勉強する」と退局を報告した。決断を後押ししたのは、番組で紹介した一冊「生きがいについて」(神谷美恵子著)だった。
「名著は人生にインパクトを与えうるもの」であると考え、全力で番組に取り組んできた秋満氏も、「その最も強いインパクトを受けたのが、たまたま同僚だった」と驚きがあった。共に番組を作ることができなくなり、「ショックでしたよ」と胸の内も明かしながらも、「同僚として一緒に仕事ができなくなるのは寂しい限りですけど、改めて名著のすごさを教えてくれた恩人。現実の見本として現れたので、作り方、向き合い方を考えさせられた。これまで以上にちゃんと取り組まないと」。影響力を目の当たりにし、改めて気を引き締めた。
人生に影響を与える名著は時代を超えて読み継がれる。平成から令和へと移りゆく中、新時代に必要な名著として5月に取り上げる、平家の興亡を描いた鎌倉時代の軍記物語「平家物語」を挙げた。
「平家が駆け上がって坂道を転がるように滅んでいく。おごりから発した行為が恨みを買い、最終的にすべてが敵になっていく世界を描いている。組織論、リーダー論、人間学が入っている。平成から令和という流れの中で、きちんと受け継いでいかないといけない本。『祇園精舎の鐘の声』は知っているじゃないですか。まずは現代語訳からでも。こんな面白いストーリーなんだと。日本の古典って読み直さないと駄目だなと思いましたね。これからも過去の知恵を大事にしていきたいなと思っています」
始まったばかりの新時代を生きるヒントとして番組が今後、どのような「現代を読む教科書」を紹介していくのか楽しみにしたい。 (デイリースポーツ・上野明彦)