【野球】61センチを駆使した芸術…ヤクルト・石川の圧巻投球術
『61センチ』を自在に駆使した芸術だった。ヤクルト・石川雅規投手が、5日の日本ハム戦で見せた8回3安打無失点の快投。無四球でわずか92球というテンポのよい投球に、百戦錬磨のプロのすごみが詰まっていた。それはピッチャーズプレート(投手板)の使い方だ。
一塁側を踏んで投げる時があれば、三塁側から投げる場面も。プレートを踏む位置が違うことには、試合途中で記者も気付いた。相手打者やイニングによって変える工夫は、他の投手でもたまに見られること。感嘆したのは、石川は試合の冒頭から、同じ打者の同一打席の間でも、位置を変えていたことだ。
八回2死では、前の打席で二塁打を浴びていた平沼に対し、初球は一塁側から入って、最後は三塁側からの外角シンカーで見逃し三振。平沼は全く反応できなかった。
プレートの長さは約61センチある。「見える景色は変わりますよ」と石川。踏む場所が違えば当然、ストライクゾーンに対応するための微調整が必要になる。2種類のシンカーやスライダー、カーブ、カットボールなど多彩な変化球を軸とする左腕。それだけの球種を、さまざまな位置からでも操る制球力があるからこそ、できる芸当といえる。
さすが現役最多165勝の豊富な引き出し-そう思っていたところで、さらに驚かされた。今回の試みは「初めてですよ」と、サラリと言われたからだ。チームは前夜、5点リードを追いつかれてのサヨナラ負け。16連敗を止めた次戦で、また痛い敗戦を喫していた。
そんな状況での「やってみようかな」というひらめきと決断。札幌ドームは日本で一番硬いとも評されるマウンドで、踏み出した足元の地面が掘れにくい。投げる位置を変えやすい背景もあった。
「勇気のいること。(技術的には)投げられないことはないけど、こだわりを捨てないとできない」。熟練の技には、田畑投手コーチも舌を巻いていた。「たとえば両端と真ん中で投げれば、同じ球でも3つ(の球種)になる。打者に『あれっ?軌道が変わるな』と考えさせるだけでも違う」と効果を説明。「一番は打者を抑えることだからね。こだわりは大事だけど、打たれては意味がない。大したもの」と称賛した。
プロ18年目。輝かしいキャリアを築いていても、石川は「毎日必死で毎日不安でしょうがない。しっかり準備するしかない」と話す。それだけの準備をしているからこそ、大胆な決断にも踏み切れるのだろう。「勝てばいいんですよ」。あっけらかんと笑った小さな大投手に、野球の奥深さをあらためて勉強させてもらった。(デイリースポーツ・藤田昌央)