練習向かうバスで涙…阿部詩、嫌いだった「寝技」で五輪女王撃破
26日に行われた柔道の世界選手権(日本武道館)で、女子52キロ級の阿部詩(うた、19)=日体大=が2連覇を達成した。準決勝では、リオデジャネイロ五輪女王のマイリンダ・ケルメンディ(コソボ)と初対戦。ゴールデンスコアの延長戦で、かつては苦手としていた寝技に持ち込み、横四方固めで一本勝ちした。
「一番戦いたかった相手で、勝ちたかった選手でした。ケルメンディ選手に勝てたのが(今大会で)一番自信になりました」
阿部の右組みに対し、ケルメンディは左組みのけんか四つ。世界屈指のパワーを誇る女王の左釣り手で奥襟をつかまれると、阿部でも簡単には技を出せない。それでも我慢強く戦いながら勝機をうかがい、相手が崩れたところをガッチリ押さえ込み、相手の心を折った。
高校1年だった3年前、出稽古へ向かうバスの車内。まるで護送車の中にいるような、憂うつな揺れの中で、阿部詩は泣いていた。
「一番嫌いな練習だったので、練習に行くのが嫌で…」
母校の夙川学院高は立ち技中心のため、あまり寝技の練習はしない。しかし、抜群の投げ技のキレを誇る天才少女も、シニアの大会では寝技で簡単に一本負けし、もろさを露呈していた。
そこで実現したのが寝技の名門として知られる長崎明誠高への出稽古だった。朝から1時間半みっちり寝技をやり込み、午後練習でも寝技をやる。相手をスパッと投げる爽快感はない。しかも、何度も同じ動きを反復するため、気がおかしくなりそうだった。
同校の小森講平監督は当時の様子について「(阿部は)最初は弱かった。うちの生徒にも寝技でボコボコにされていた」と明かす。ただ、自身が指導をする時、自校の生徒をかき分けて一番前で食い入るように話を聞く阿部詩の姿が印象的だったという。「(阿部の)強くなりたいという意識の高さと集中力がすごい」と、世界トップ選手の資質に脱帽していた。
1週間の出稽古は高校2年までに計3~4回繰り返し、そのたびに自校にも技術を持ち帰って反復を繰り返した。18年世界選手権でも自ら寝技に持ち込み、関節技で一本を奪う試合もあった。阿部は「今となってはあの経験があったからこそ強さにつながった。あの出稽古がなければ今の自分は絶対ない」と言い切る。
かつては嫌いで弱点だった寝技を武器にまで昇華し、難攻不落の五輪女王をも沈めた。課題にひたむきに取り組み、着実に進化を遂げる。そこが、この若きヒロインの一番の強さだ。(デイリースポーツ・藤川資野)