【野球】“FA元年”を振り返る、宣言選手第1号は…
フリーエージェント(FA)宣言選手が2日に公示、3日から交渉が解禁された。同制度は1993年に導入され、この年の宣言選手は中日・落合博満、巨人・槙原寛己、巨人・駒田徳広、阪神・松永浩美、オリックス・石嶺和彦の5選手。そこで“FA元年”を振り返る。
最初にFA宣言する意思を表明したのは松永だった。92年オフに野田浩司とのトレードでオリックスから阪神へ移籍。ただ、93年シーズンは故障に苦しんだ。同年11月2日に報道陣の前で他球団の評価を聞きたい考えを明らかにし、ダイエーにFA移籍した。
巨人・槙原は同年11月4日にFA権行使の可能性を示唆。同10日にFAの申請書類を投函(とうかん)した。当時の巨人・長嶋茂雄監督がバラの花束を持参し槙原の自宅を訪問。指揮官の説得もあり残留を決断した。
11月4日にNPBのコミッショナー事務局から「フリーエージェント宣言選手」として松永と共に公示された巨人・駒田は横浜へ。98年にチームの日本一に貢献する。
オリックス・石嶺は同6日に必要書類をコミッショナー事務局へ提出。セ・リーグを希望し、阪神でプレーすることになった。
中日・落合は11月8日に宣言して12月9日に巨人と初交渉。ダイエーも獲得へ興味を示した中、同21日に巨人への入団が発表される。
ちなみに5選手の93&94年成績は以下の通り。
【松永浩美】
93年 80試合、打率・294、8本塁打、31打点
94年 116試合、打率・314、8本塁打、55打点
【槙原寛己】
93年 28試合、13勝5敗、防御率2・28
94年 29試合12勝8敗、防御率2・82
【駒田徳広】
93年 122試合、打率・249、7本塁打、39打点
94年 130試合、打率・284、13本塁打、68打点
【石嶺和彦】
93年 130試合、打率・273、24本塁打、77打点
94年 130試合、打率・246、17本塁打、77打点
【落合博満】
93年 119試合、打率・285、17本塁打、65打点
94年 129試合、打率・280、15本塁打、68打点
(デイリースポーツ・記録係)