【スポーツ】「殻を破る」後輩たちに受け継がれる福士加代子のレガシー
東京五輪女子マラソン代表の最後の1枠をかけた名古屋ウィメンズマラソン(8日)で、5大会連続の五輪を目指した福士加代子(37)=ワコール=が30キロ付近で棄権した。2大会連続のマラソンでの五輪出場が消えた福士は、翌朝に取材に応じ、今後については未定を強調。「やめるやめる詐欺なので、いつもやめたいと思っている」と“福士節”で語りながら、「新国立競技場で走りたい」とトラックを含めた競技続行への意欲もにじませた。
最後の五輪切符をつかんだのはチームの後輩の一山麻緒(22)。松田瑞生(24)=ダイハツ=の持つ設定記録を上回った勝利に、福士は「松田選手もよく知っているけど、(後輩の勝利は)正直うれしい」と自分のことのように喜んだ。
3年がかりのし烈な代表争いが終わり、改めて感じたのは福士の存在感だ。1500メートルの日本記録保持者で、デイリースポーツなどで解説などを務める小林祐梨子さん(31)は、「福士さんは、速いからレジェンドと呼ばれるのではない。多くの選手の節目節目に福士さんがいる」と言う。それは一山らチームの後輩だけに限らない。
昨年9月のMGCで4位に終わった松田は、力尽きてゴールに倒れ込んだ。結果にぼうぜんとする松田に、7位の福士は歩み寄り「まだ(3枠中)2枠が決まっただけだよ」とハッパをかけたという。松田は1月の大阪国際女子マラソンで自身の記録である設定タイムを破り、その時点で最上位の代表候補となった。
小林さん自身にも忘れられない思い出がある。現役時代、1万メートルにともに出場した際、レース中に福士から気合を入れられたことがあった。
「少し守りに入っていたところで、福士さんから『前に行きなさい。勝つだけじゃダメ。殻を破ることが大事。終わっちゃうよ』と言われた。泣きながら走りました」。結果は自己ベスト。福士はゴールで「おめでとう。だから言ったでしょ」と笑顔でたたえたという。
名古屋ウィメンズの翌朝の取材で、福士が一番力を込めて話したのは、自身の伸びしろについてだった。長く肉体を酷使してきた疲労より「1回目のマラソンより体は丈夫になってきたかも」と言い、「あと、脳を鍛えたら何とかいけるかもしれない」と、今年になってから“脳トレ”にも取り組んだことを明かした。
MGCシリーズでも自ら「殻を破る」という言葉を実践し、積み重ねた経験は若い選手に惜しみなく与えた。最後の2戦はともに棄権に終わったが、レガシーは後輩たちの中に受け継がれている。
3月25日には38歳。今後に注目する一方で、彼女には五輪代表になるか否か、現役か引退かという明確な枠組みはあてはまらないのではないかとも思う。後輩たちは背中を見ている。福士加代子だけが歩める道が、この先にあるような気がしている。(デイリースポーツ・船曳陽子)