【野球】阪神 忘れられない名勝負 マートンVS杉内&阿部
プロ野球の現場を取材してきて、今年で16年目になるが、どうしても忘れられない勝負がある。2013年8月3日、東京ドームでの巨人戦。巨人バッテリーの配球に対し、珍しく打席のマートンがあっけに取られた表情を浮かべたシーンだ。
この試合、初回に杉内が投じた内角スライダーを左翼席にたたき込む先制2ランを放っていた。難しいボールをいとも簡単に放り込んで見せた。
直近の打席内容を振り返っても、明らかに好調を維持していた中で迎えた五回2死満塁での第3打席。巨人バッテリーはピンチになれば変化球から入る傾向があったという。だが杉内-阿部のバッテリーが初球に要求したのはど真ん中のストレート。コントロールミスではなく、阿部の構えたミットは最初からホームプレートのど真ん中にあった。
139キロの直球に対し、面食らったような見逃し方をしたマートン。あの場面を試合後に問うと「正直、考えすぎていた部分があった」と率直に明かした。自らベンチでノートをつけ、相手の配球、特徴など色んな情報を持って打席に入っていた安打製造機。初球、ど真ん中ストレートは頭の片隅にもなかったという。
最後は内角低めのスライダーにバットが止まらず、空振り三振。この大チャンスを逸したことが響き、チームは敗れた。試合後、マートンはこの打席こそが敗戦につながったと悔しさをにじませ、「これも野球」とつぶやいていたのが印象に残る。
あの時、巨人バッテリーが何を持ってあんな配球をしたのか-。その理由を探りたかったが、自分が阪神の担当だったため聞けなかった。ただ阪神のチーム関係者が「あれは阿部と杉内じゃなければ、絶対にできないことなんよ」と教えてくれたのを覚えている。
「エースと正捕手だから、2人ともその試合の責任を背負うことができる立場。これが控え捕手であれば、若手投手であれば、4番に対してピンチの場面で初球、ど真ん中の真っすぐなんて要求できないし、投げれない。あれでマートンの中に迷いが生じたのは確か。それを、試合を左右する勝負の場面でやるんやから、インパクトは強いわな」
チームはこの年、中盤まで巨人と激しい首位争いをしていた。敵地・東京ドームで5連勝を収めていたが、この敗戦から失速。最終的には大差をつけられての2位に甘んじた。
ペナントレースは長丁場の戦い。強打者とバッテリーの化かし合いは、戦略の一つと言われている。もしマートンがど真ん中ストレートをクリーンに打ち返していたら…あのシーズン、流れは変わっていただろうか。7年が経った今でも、そんなことを考えてしまうほど、野球とは、配球とは、やはり奥が深いのだろう。(デイリースポーツ・重松健三)