【競馬】間もなく50歳 円熟期に入った内田博幸騎手
ベテランの巧腕が夏競馬の開幕を告げる福島競馬を盛り上げた。開幕週の5日に行われたG3・ラジオNIKKEI賞をバビットで逃げ切ったのに続き、12日のG3・七夕賞もクレッシェンドラヴで快勝。2週連続の重賞制覇を決めた内田博幸騎手(49)=美浦・フリー=だ。15日に美浦トレセンで声を掛けると、「いい流れだね。こんなことはめったにないよ。辛抱強くやっていれば、チャンスは巡ってくるんだね」と穏やかな笑みを返してくれた。
1989年に大井競馬場でデビュー。常勝軍団として数々のビッグレースを制した川島正行厩舎(船橋)の主戦となり一気にブレイク。アジュディミツオー、フリオーソといった名馬の背中で数多くのビッグレースを勝ちまくった。06年には年間524勝(JRAを含む)の新記録を樹立。08年にJRAへ移籍すると、09年にはJRA賞の最多勝利騎手に輝いた。と同時に、騎乗機会も975回のJRA新記録(当時)を樹立。10年にはエイシンフラッシュで、日本競馬の最高峰・日本ダービーを制した。
そんな内田博を大きなアクシデントが襲ったのは11年5月11日。雨が降りしきる大井競馬場だった。落馬事故で頸椎(けいつい)歯突起骨折の重傷を負ったのだ。「あと少し(傷口が)ズレてたら死んでいた」。入院当初は誰と会うことも拒んだが、苦しくつらいリハビリの日々は、改めて競馬と向き合う機会となった。騎手人生で最も長い8カ月間という休養。人生で初めての入院生活を経て12年1月にカムバックにこぎつけた。当時を振り返り、「また馬に乗れた時は、うれしかったなあ」と少年のような笑みを浮かべた。
「この仕事は結果が全て。結果を出せなければ関係者の信用を失うし、ファンからも怒鳴られる。それでも一歩間違えば、大きな事故につながる。緊張感のある仕事。夢だけを見ていても結果は出ない。今やれるべきことを全力でやる。緊張感のある仕事にプライドを持ってね。ひとつひとつ前へ進むだけだよ」と持論を展開した。
時には若手騎手への指導にも熱くなる。競馬界の発展を願ってこそだ。「癖のある難しい馬にだって依頼が来れば乗る。それは怖いよ。好位から楽に抜け出してくる馬に乗りたいのが本音。でも、オレが乗りこなしてくれると思って依頼されるんだからね。うれしいよ」と言う。
さらに続けて「依頼を受けた馬に続けて乗ることが大切。どんなに成績が悪くても、いずれはチャンスが巡ってくる。そう信じて乗っている。人間なんだから、我慢をすることも大切。我慢をしつつ、流れを自分で引き寄せる。待つんじゃなくてね。そのあたりが難しいんだけど、逆にそれが楽しいんだよ。だからこの仕事は辞められないね」。それが冒頭の「辛抱強くやっていればチャンスは巡ってくる」という言葉の真意なのだ。
ラジオNIKKEI賞のバビットは、騎乗予定だった団野大成騎手が直前の落馬負傷で騎乗できなくなり、急きょ依頼が回ってきた。レース後に「オレの名前を出してくれてうれしかった。団野君には気の毒だったけど、これをバネにして、今後はタイトルをたくさん取ってもらいたい」と20歳の後輩を気遣った。
それを聞いた時、思い出した。1992年の東京大賞典(大井)だ。デビュー4年目の内田博は、コンビを組み続けて着実に力を付けてきたドラールオウカンで前哨戦の東京記念を快勝。当時は交流レースではなかったが、地方版・有馬記念の位置づけだったビッグレースに、勢いを付けて臨む予定だった。ところが直前に騎乗停止処分を受け、レースは先輩の堀千亜樹騎手(現調教師)が騎乗し、見事な勝利を収めた。検量室前で出迎えた内田博は目にいっぱいの涙を浮かべ、先輩に頭を下げた。人目をはばかることなく泣いた。
好対照に七夕賞のクレッシェンドラヴは、自身がずっと騎乗しながら競馬を教え込んできた馬だ。6月14日のエプソムCで、自身16年連続のJRA重賞制覇を達成した時もそうだ。コンビを組んだのはダイワキャグニー。4戦連続(通算8回目)での騎乗だったが、なかなか結果を出せなかった。能力はありながら、いつも何かがかみ合わなかった。しかしその日は2番手から抜け出すと、念願だった重賞ウイナーへと導いた。実はその数日前に、名オーナーで知られる大城敬三氏が96歳の天寿を全うした。その知らせを当日のパドックで聞かされた。ベテランは燃えた。「すぐに乗り代わりになる時代に、ずっと続けて乗せてもらえたのは感謝でいっぱい。きょうはオーナーが天国から背中を押してくれたのかな」と喜んだ。
26日で50歳になる。「やることは変わらない。次のステージへ向かうために、今やれるべきことをやっていきたい」。全盛時を思えば、現状は物足りないだろう。それでも競馬に対する思い、勝利への貪欲さはブレることはない。今まで以上に周囲とのコミュニケーションを大切にしながら、円熟期を迎えた内田博のさらなる挑戦は続く。再びビッグタイトルをつかむ日を待ちたい。(デイリースポーツ・村上英明)