【野球】大谷の同期2位も社会の厳しさ実感 セカンドキャリアへの新たな道とは
スーツを着た初対面のビジネスマンが目の前にいる。名刺を差し出された。さあ、あなたならどうする?
「名刺交換が分からず、もらった名刺をどこに置けばいいのかとかも分からなかったんです」
苦笑いしながらそう振り返るのは、2012年度ドラフトで日本ハムから2位指名を受けてプロ入りした森本龍弥氏(26)だ。その年の1位は大谷翔平投手(現エンゼルス)だった。
森本氏は兵庫県尼崎市出身で、もともとは阪神ファン。自転車でも行ける距離にある甲子園球場には子供のころから通っていたという。2003年、9歳の時に星野阪神優勝の胴上げを目の前で見て「格好ええなあ」とプロ野球選手を志した。その後、走攻守3拍子そろった大型内野手へと成長し、富山・高岡一高から日本ハム入りした。しかしプロの世界は「自分にとっては相当レベルが高かった」という。しかも目の前には天才選手、二刀流がいた。
「鎌ケ谷の室内で新人合同自主トレをしたんですが、とにかく大谷の打球音はすごかった。破裂したような音で札幌ドームでも余裕で柵越えするような打球でした」と衝撃を受けた。さらに「最初はショートやサードの練習もしていて、ほとんどやったことがないはずなのに、ショート歴の長い自分よりもうまかった。たとえ160キロを投げられなかったとしても、ショートでプロ入りできていたぐらいのうまさでした」と驚きの連続だった。
森本氏は結局、故障などもあり満足のいく結果は残せず、育成契約をへて、昨季限りで現役を引退した。
球団からは「ファイターズアカデミー」での少年野球コーチの打診を受けた。すぐに職を得る道はあった。しかし「野球しか知らなかったし、どんな職種があるのかも分からなかったので、社会を見てみたいと思いまして」と知人から保険や不動産の関係者を紹介された。その際、名刺交換に戸惑ったことで「こんな状態で就職して通用するのか」と自問自答。そんなとき、日本営業大学の学長・中田仁之氏と出会った。
「大学と聞いて“勉強せなあかんのか”とちょっと身構えたんですけど、授業を受けてみると実践的で興味深いものばかりでした。経営者の方や税理士、中小企業診断士の方が講師で、例えば商品を売るときに商品の説明だけをしていてはいけないとか、相手の立場に立つようにとかの営業の心理学、人とのコミュニケーション法とかを教わりました」
今年設立された同校は通常の大学ではなく、元アスリートのセカンドキャリアを手助けする教育機関。将来を期待されながら大学野球でドロップアウトした元選手にアドバイスを送り、ビジネスの世界に送り込んだ中田氏の経験をもとに設立された。
同校では社会人として必要な知識、技能を教育するだけでなく、企業へ紹介するマッチングも行う。また、現役のアスリートが将来を見据え、WEBでビジネスを学んで準備することもできる。森本氏はセカンドキャリアへの新たな道とも言える同校のカリキュラムを修了し、現在はマッチングの段階まで進んでいる。
森本氏は引退を決めた際、大谷にも報告し「お疲れさま。これからどうするの?」と心配されたという。そのときは「まだ決まってないねん」と答えた。先日、大谷の誕生日にはスターバックスのオンラインチケットを送ってお祝いした。
「あいつを“踏み台”にして頑張りますよ」と明るく笑う森本氏。プロ野球界で過ごした7年間は決してむだな時間ではなかったはず。いったん立ち止まって学び直したことで「仕事をお金や待遇面だけで決めることはやめようと思うようになりました」と考え方にも変化が生まれた。慎重に、着実に、セカンドキャリアへの第一歩を踏み出そうとしている。(デイリースポーツ・岩田卓士)