【野球】阪神・能見への直球サインに見た梅野からのメッセージ“まだやれる”固い絆
甲子園球場には秋風が吹き始めた。季節が移り、時代の流れを肌で感じる。22日。能見篤史投手が今季限りで、阪神を退団することが明らかになった。
同日の広島戦。「ピッチャー・能見」のアナウンスに、空席が目立つスタンドが沸く。今季最速の148キロを含め、打者3人にオール直球勝負。先頭のピレラを145キロで左飛に打ち取ると、続く上本は146キロで中飛に。
さらに代打・羽月の初球、今季最速の148キロを計測した。最後は三ゴロに抑えて3者凡退。梅野隆太郎捕手は小さく右拳を握った。一度もサインに首を振らなかった6球。コロナ禍で自由な取材はかなわない。推測ではあるが、このリードに梅野の熱き思いを感じた。
「夢」を聞いたのは2018年1月。沖縄自主トレのことだった。16年から志願参加する形で、岩貞祐太投手らと「チーム能見」を結成。寝食を共にしながら配球や投手とのコミュニケーション、プロ野球選手としてのあり方まで、多くを学んだ。正捕手への階段を駆け上がってきた。グラウンドで、食事の席で繰り返し諭されてきた。「ウメ、お前がやらないかんぞ」。慕い、背中を追い掛けてきた。
「能見さんが現役の間に、なんとしても優勝したい。期待を裏切らないようにしたい」
夢は、今季も消えようとしている。それでも全球、ストレートを要求した姿には、言葉以上の惜別を感じざるを得なかった。一直線に伸びるワインドアップのシルエットに、「消える」と言われたフォークは芸術品。そんな左腕はキャンプ中盤まで、ブルペンで変化球を投げない。毎年のルーティンでもあった。
「真っすぐを投げることが、一番しんどい。真っすぐがあっての変化球。それは変わらない」
何千、いや何万球と受けてきた梅野は、そんな思いを知っているからだろう。能見さんは、まだやれる。まだ投げられる。サインを出す右手は、何よりのメッセージだった。
選手会長でもある梅野は来季以降、去りゆく者の思いを背負って戦っていく。能見もそうだった。「2005年以降も優勝できるチャンスはあった。でも、できなかった事実がある。その中で辞めていかれた選手が、たくさんいたから」。先輩や後輩、ファンの思いを背負って戦ってきた。
「マウンドに立つのは恐怖しかない。でも、誰かのためにと思うと、また違う力が出る」。プロの世界で活躍するアスリートは、そんな使命が活力になるのだろう。全球ストレートを要求した梅野、サインに結果で応えた能見。去りゆくベテランの思いは受け継がれていく。固い絆で結ばれた6球だった。(デイリースポーツ・田中政行)