【スポーツ】もし生きていたら 千代の富士は白鵬の一代年寄襲名問題をどう語るのか

 もし生きていたら、昭和最後の大横綱千代の富士は、騒がしくなった白鵬の一代年寄問題をどう語るのか。

 新型コロナウイルス感染症拡大により、東京などに4月25日から5月11日までの間、緊急事態宣言が出された。その影響で、大相撲夏場所(5月9日初日・両国国技館)が最初の3日間、無観客で行われる。無観客とはいえ、大関に返り咲いた照ノ富士(29)がどんな相撲を取るのか-など話題は尽きないが、残念なのは横綱不在場所になることだ。

 5場所連続休場中の横綱白鵬(36)は右膝を手術した影響で夏場所を全休し、7月の名古屋場所(7月4日初日・ドルフィンズアリーナ)で進退をかける意向と聞く。そこでクローズアップされるのが、白鵬の一代年寄「白鵬」の襲名問題だろう。

 横綱は引退後5年間は現役のしこ名のまま年寄となる資格がある。だが、一代年寄というのは優勝20回以上を達成するなど現役時代に著しい成績を残した力士に対し、特例で現役のしこ名のまま定年まで年寄資格とすることである。正式な規定はなく過去、優勝32回の大鵬(故人)、優勝24回の北の湖(故人)、同22回の貴乃花(48)の3力士が一代年寄を名乗っただけである。

 優勝回数では前人未到の44回を誇り、十分資格がありそうな白鵬だが、この特例に“待った”がかかりそうな状況になっている。山内昌之東大名誉教授(73)が委員長を努める「大相撲の継承発展を考える有識者会議」が4月19日、一代年寄に関し「大相撲の伝統から外れた異形の資格」と問題提起し、提言書を元横綱北勝海の八角理事長(57)に提出したためである。

 この状況で頭に浮かんだ人物は、2016年7月31日に61歳の若さで亡くなった元横綱千代の富士、元九重親方である。千代の富士は1991年の5月場所途中で引退したが、理事会で「功績顕著」として全会一致で一代年寄が認められた。だが、将来的に九重部屋を継承することが決まっており、一代年寄とならず年寄陣幕となった。結局、92年4月に師匠の元横綱北の富士(79)と名跡を交換し九重親方となった。

 私は、大相撲担当記者時代に先輩記者のお供で2度、3度飲みに誘ってもらったことがある。アイスペールに並々と焼酎をつがれ「飲め」といわれたこともあったが、ほとんどは楽しい思い出だ。確か01年の九州場所中のことだったと思う。1軒目の酒席が終わり、はしご酒という話になり、中州の春吉橋付近を一緒に歩いていたときのこと。いきなり九重親方に腕を組まれ「スキップしろ」と命じられた。一瞬、何がおきたのか分からなかった。だが、腕を組んできた大横綱が「僕たちデブデブブラザーズ」と歌い出したものだから、私も楽しくなり大の大人2人で歌いながら100メートルほど夜の街をスキップした。道行く人には不思議な光景だったに違いない。

 そういえば、当時、相撲の質問にまともに答えてもらった記憶はあまりない。だが、白鵬に一代年寄問題については、しかられるのを覚悟で聞いてみたいものである。どんな辛口コメントが飛び出しただろうか。=敬称略=(デイリースポーツ・今野良彦)

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