【スポーツ】若林舞衣子に見たグッドルーザーの精神 実母の死は隠し、勝者を称える

 記憶に残る熱戦であり、私の中では今年一番の名勝負だった。前週の女子ゴルフ、ニッポンハム・レディース(8~11日、北海道・桂GC)は堀琴音(25)=ダイセル=が、産後初優勝を狙った若林舞衣子(33)=ヨネックス=との激しいマッチレースを制し、プロ8年目で涙のツアー初優勝を飾った。同じ最終日最終組で回った正規の18ホールに加え、プレーオフも3ホールに及ぶ壮絶な戦いだった。

 どん底を経験し、急きょ駆け付けた姉・奈津佳の目の前で復活劇を果たした琴音の優勝インタビューと会見は感動的だった。同時に敗者となった若林の会見もすがすがしく、本当にすばらしい内容で胸を打たれた。

 冒頭で質問者から「今の率直な気持ちを聞かせてください」と振られた33歳、一児の母の若林は「今日はいいゴルフができなくて、バーディーチャンスも少ないし、ピンにもついてくれなかった。そういう中ではラッキーも結構あって、いいスコアで回れた」と淡々と振り返った。

 そしてだ。次の質問を挟むことなく、自分から「本当に終始、攻めの姿勢を崩さなかった堀さんがすばらしいプレーをした結果だと思います」と続け、25歳の勝者に心から敬意を表し、称賛した。これぞ、グッドルーザーだった。

 中継インタビューでは「悔しいですけど、また優勝できるように頑張ります」と涙で声を詰まらせる場面もあったが、その後の会見では、一切の言い訳や負け惜しみを口にすることはなかった。「まだまだ足りないところがたくさんあると今日一日で感じた。もっと練習もトレーニングも必要」と課題を挙げ、「次はもっと上に行けるように頑張ります」と気持ちを切り替え、前を向いた。

 若林は2016年3月に会社員の一般男性と結婚し、19年4月に長男・龍之介君(2)を出産。20年6月、コロナ禍でずれ込んだ開幕戦のアース・モンダミン・カップで戦列に戻ってきた。節目の復帰30戦目で、森口祐子、樋口久子、木村敏美、山岡明美、塩谷育代に続く1988年のツアー制度施行後6人目となる産後初Vの絶好機が巡ってきたが、わずかに届かなかった。

 試合会場では最後まで口にしなかった事実があった。11日の試合後、若林は自身のインスタグラムを更新。最初に応援に対する感謝。次に会見と同じく、優勝した堀琴音を称える言葉。そして今後の課題をつづった後、「最後に…」と切り出し、「天国へ逝ってしまったお母さん 今週は本当にお母さんが見守ってくれてる!って思うことで気持ちを強く持ち続けることができたよ」と他界した実母に語り掛けた。

 生前は若林の一番の応援団だったという母が、6月末のアース・モンダミン・カップの週に亡くなっていた。悲しみをこらえ、資生堂レディース、そしてニッポンハム・レディースと出場していた。

 昨年の最終戦、ツアー選手権リコー杯の後に更新したインスタグラムでは「産後復帰する為に家族全員が協力してくれました。トレーニングや練習、ツアーに専念できたのは息子を快く預かってくれる父や母、姉、姉の家族がいたからできたことです!本当にありがとう」と感謝の思いをつづっている。

 2位と2打差の単独トップで第3日を終えた会見では、都内の自宅で留守番する愛息の面倒を見てくれている夫や近所に住む姉への感謝を口にし、「家族の協力なしではこの場に立てていない。結果で返すのが一番の恩返し。明日は家族に優勝をプレゼントしたい」と4年ぶり4勝目、大きな意義のある勝利への意識を隠さなかった。この言葉の「家族」には天国の実母も含まれていたと思われる。

 敗戦後の会見で悔し涙を流しながら「天国の母に優勝を捧げたかった」と言い出すことも可能だった。しかし、テレビカメラやメディアの前で若林はそうはしなかった。勝者を称え、自身の敗因と今後の課題を語っただけで、どうしても勝ちたかったであろう、もう一つの理由を口にすることはなかった。

 「出産を体験したことで怖いものがなくった」という若林は「プロゴルファーにとって結婚、出産は大きな決断がいる。子どもを産んでも戻ってこられると私が見せていきたい」と自らに使命を課している。もともと出産前にツアー3勝を挙げている実力者である。今回の準優勝でも「母は強し」を十分証明した。次は勝者となった若林がどのような言葉で語るのか、その日が近く訪れることを楽しみに待ちたい。(デイリースポーツ・斉藤章平)

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