原巨人は今オフどんな手を打つのか 思い出す93年横浜・高木豊、屋鋪らの大量解雇

 原巨人の日本一奪回の夢は、今年も霧散した。セ・リーグのクライマックスシリーズファイナルSに進出したものの、リーグ優勝したヤクルトにはね返されて日本シリーズにさえ駒を進めることができなかった。

 巨人は今後、2012年以来の日本一に向けて、チームの再構築、強化に向けてスタートを切る。全権を握る原辰徳監督(63)だけに、コーチ陣の刷新やFAやトレード以外にも大胆な手法でチーム作りに着手するだろう。

 そう思いを巡らせていると、横浜(現DeNA)ベイスターズを担当していた1993年オフにあった大量解雇事件を思い出した。この年は横浜大洋ホエールズからチーム名を変更しての1年目。60年に初優勝したとき主力選手だった故近藤昭仁さんが指揮を執ったが、リーグ5位に沈んだシーズンだった。

 そのオフ、球団が着手したのが、力に陰りが見え始めた主力選手の大量解雇だった。どの球団でもオフになればメンバーは入れ替わる。だが、このときの横浜は11月8日に、横浜市内のホテルに8度の3割経験を持つ高木豊(63)、盗塁王を獲った屋鋪要(62)、こけしバットの山崎賢一(59)に加え、ローテ投手だった大門和彦(56)、中継ぎの松本豊(58)、捕手の市川和正(63)の6選手を呼び、戦力外通告を行ったのだ。高木豊、屋鋪、山崎は開幕時、1番、2番、3番打者としてスタメンに名前を連ねていた選手だった。

 事前に主力が大量解雇されるのでは-との情報もあったが、半信半疑だった。この日の会談は、FAの資格を持つ屋鋪が球団側に「一度も連絡がない。一度話し合いの場を作ってほしい」と要請して実現したもので、本人たちも戦力外通告をされて、自由契約になるとまでは思っていなかったのだろう。

 話し合い後の言葉がそれを物語っていた。高木豊は「自由契約になるとは…。これだけやってきたのに、引退試合もない。結局、僕らは功労者ではない、ということでしょう」と憤慨した。また、屋鋪は「この日、11月8日のことを僕は一生忘れない」と目に涙を浮かべていたことを覚えている。

 屋鋪はその後、わずか1週間で長嶋巨人入りが決定。私も翌年から巨人担当になったため、周囲から「屋鋪のおまけか」と笑われたものである。高木豊も日本ハム入りし大半の選手は、その実力を買われて球界に残った。

 横浜が解雇した6人の推定年俸は約2億4000万円で、引退した斉藤昭夫(66)などの年俸を合わせると推定で計約3億8000万円が浮いた計算になる。真相は明らかではないが、その資金がFA宣言をした巨人の駒田徳広(59)獲得の元でになったのは間違いない。

 横浜入りした駒田はその後クリーンアップの一角として活躍。屋鋪や高木豊が抜けた穴は石井琢朗(51)、進藤達哉(51)、佐伯貴弘(51)、鈴木尚典(49)らが成長し、98年に日本一を獲得した原動力となった。大量解雇のメリットはあったと思う。

 プロ野球は実力の世界である以上、非情も必要だろう。原巨人が今オフどんな手を打ってくるのか-注目である。=敬称略=(デイリースポーツ・今野良彦)

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