【野球】「阪神の藤浪晋太郎」が背負ってきた宿命 ファンの怒号も浴びた「それでも、僕は野球が好き」

 あの日、甲子園球場は普段とは違った雰囲気だった。藤浪晋太郎の299日ぶり1軍登板、2019年8月1日の中日戦(甲子園)。米大リーグ・アスレチックス移籍が決まった際にも「最も印象に残る試合」と語った登板。好奇、感動、興奮、落胆、希望。刻一刻と変わる空気が、浜風に乗って肌を包んだ。

 プロ1年目から3年連続2桁勝利をマークしながら、以降は制球に苦しむなど思うような結果が出なかった。全てが温かい激励ばかりではなかったのは確かだ。叱咤(しった)もあれば非難の声もあった。身勝手な中傷もあっただろう。それら全てを受け止め、もがき、苦しみ、再び1軍のマウンドに戻った。

 同戦も初回からピンチの連続。4回1/3を4安打1失点、8四死球と苦しんだ。ただ、最後は、小走りでベンチに戻る男に、超満員のスタンドが拍手を送った。罵声、ヤジすら覚悟していた藤浪も「少しびっくりしました」と驚いたワンシーン。そこに敵味方はなかった。もがき、苦しみながら腕を振る姿は、あの日球場で見届けた4万6274人の胸を打ち、エールが拍手に変わったと思う。

 大阪桐蔭で甲子園春夏連覇を成し遂げ、プロ1年目から活躍したスター選手。「宿命」といえば簡単だが、勝っても負けても注目を浴び、話題になるのは限られた存在なのだろう。

 つらくないか?

 辞めたくなったことはないのか?

 苦しんでいた当時、聞いたことがある。「人より良いも悪いも経験してきたとはおもいますね」。少し考えた後、返ってきた答えは実にシンプルだった。

 「でも、シンプルに野球が好きなんですよ。もっとうまくなりたい。もっといい球が投げたい。その気持ちは幼少期から変わらないです。ヤジを言われるのは仕方がない。でも、マウンドにはそれに勝るものがあるんです。仕事で叫ぶことって、あまりないですよね。どんなにおいしいものを食べようが、味わえない感覚。比じゃない次元で、投げるのが楽しいんですよね」

 21日、甲子園球場のグラウンドで開かれた会見。阪神園芸による花束贈呈やウグイス嬢のアナウンス、チームメートからビデオメッセージなど、球団からの粋な演出があった。「めちゃくちゃ貢献して出て行くかのような…」と頭をかいたが、全てを知る人たちのエールは胸を打った。

 「全部ひっくるめて、阪神タイガースの藤浪晋太郎で良かった」。栄光を知り、挫折も味わった。傷つき、失敗もし、それでも前に進み、拍手を注がれる場所に帰ってきた。野球が、マウンドに立つことが好きな野球小僧の挑戦。物語の続きを待ちたい。(デイリースポーツ・田中政行)

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