【野球】中日・小笠原 開幕戦145球交代の是非 降板時に見せた涙の意味とは
中日・立浪監督が三塁側ベンチを出て、山路球審に2番手・勝野への交代を告げると、先発・小笠原の目は赤く染まった。マウンド上で落合ヘッドコーチに「ご苦労さん」と力投をねぎらわれたが、ベンチへと戻る足取りは重く、帽子を深くかぶった視線は下を向いていた。3月31日の開幕戦。2-1と1点をリードしていた八回2死一、二塁から、巨人・中田に右翼線への逆転2点三塁打を浴びた直後のことだ。
球数は実に145球を数えていた。12球団の開幕投手で140球以上を投げたのは、2018年に楽天・則本がロッテ戦で150球を投げて以来、5年ぶりだった。
2018年以来、5年ぶり2度目の開幕投手。序盤から気合が入っていた。左腕を振った後に体が浮き上がるほど、一球一球に魂がこもっていた。屈辱の最下位に終わった昨季からの反撃を期した今季初戦とあれば、体の動きを心が上回るのも自然な流れだった。
7回を終わって120球。開幕戦の重圧。球数以上の疲労度が襲いかかっていたのは言うまでもない。ベンチは継投策の準備を整えていた。それでも、小笠原は「球数は全然見てなくて、体の状態的にもいけそうだったので」と続投を志願し、ベンチも背中を押した。
昨年56試合に登板して6勝2敗39ホールド、防御率1・15と獅子奮迅の活躍を見せた八回の男、ジャリエル・ロドリゲスが不在だった。キューバ代表としてWBCに参戦後、予定の来日便に搭乗せず、米大リーグへの移籍を望んで亡命を企てたとされる右腕の穴を埋め、九回のライデル・マルティネスに直接バトンを渡すため、小笠原はベンチを出た。
立浪監督が舞台裏を明かす。
「本人も八回まで投げると試合前から言っていた。試合途中も気持ちは変わらなかった。期待に応えてくれると思って、七回、八回も行かせました」
だが、勝負とは非情だ。先頭のオコエを見逃し三振。吉川に左前打。丸を遊飛。任務完了まであと1アウト。だが、岡本和に中前打。そして中田に右翼線への逆転2点三塁打。ここで立浪監督がベンチを出て交代を告げたわけだが、八回終了まで続投させる判断はなかったのだろうか。
あの場面で交代させれば、小笠原には負けしか残らない。仮にイニング完了まで投げさせていれば、味方打線の反撃で勝利投手になれる可能性を残すことができる。本人の強い続投意思があったとはいえ、開幕戦で145球まで投げさせたのなら、それはある意味、この試合はお前に任せた-というベンチの考えを反映したものであるから、何とか小笠原に勝ちがつく形、可能な限り誰しもが納得できる降板の仕方を整えてほしかったと強く思った。
阪神主戦投手として、1985年に12勝を挙げてリーグ優勝に貢献したプロ野球解説者の中田良弘氏はこの場面について「まず長いシーズンを見据えると、開幕戦で145球を投げさせたこと自体が不思議なこと」と語った上で、「あそこまで投げさせたのなら、八回終了まで投げさせないといけないと思う。九回に逆転の可能性があるわけだしね。降板直後の小笠原の涙の意味が気にはなった」と同じ投手出身の立場から、イニングを全うさせることの意味の大きさを解説した。
立浪監督は「開幕戦の緊張の中で、130、40(球まで)いったのはもちろん分かってましたし、あそこまでいったら八回までは、この打者まではという風には(考えていました)。八回に行かせた時から、同点、逆転まではと思っていた。あれだけ投げて勝ちをつけてあげられなかったのは非常に残念ですけど、素晴らしいピッチングをしてくれましたし、攻撃陣も負けを消してくれた。言うことないです」と145球の力投と、九回に再逆転した打線の粘りを称賛した。
小笠原は「僕は打たれたので、本当に申し訳ない気持ちもありました。ああやって九回に逆転してくれて、なんか感極まっちゃいました」と悔し涙から一転して歓喜の涙になった。そして「改めてこのチームで優勝したいなという気持ちがすごく強くなりました。たかが1試合ですけど、最高のスタートが切れたんじゃないかなと思います」と続けた。
3月3日、WBC日本代表との壮行試合で5回3安打1失点と好投し、後に3大会ぶりの世界一に輝くことになる侍ジャパンに唯一、黒星をつけたのが小笠原だった。11年以来、12年ぶりのリーグ優勝を狙う中日。熱いハートを携えた豪腕が、先頭に立って竜を天へと導く。(デイリースポーツ・鈴木健一)