【野球】巨人・松田宣浩、元サッカー日本代表・小野伸二の現役引退 名選手の引き際、セカンド・キャリアを思う

 巨人・松田宣浩(40)、元サッカー日本代表・小野伸二(44)=J1札幌=の現役引退に、名選手の引き際、セカンド・キャリアを思う。

 “熱男”のニックネームで親しまれた松田が28日、都内のホテルで今季限りでの現役引退会見を行った。ソフトバンク、巨人を通じて18年間のプロ野球生活を「夢のような時間だった。100点満点」と発言。今後について発した「野球界の松岡修三さんみたいな熱い人間になることを目標に次のステップに入りたい」との言葉は、完全燃焼した選手だからこそだろう。

 プロ野球担当記者として多くの選手の引退会見を取材し、見聞きしてきた。だが、満足してプロ野球界を去る人間の方が少数派だ。引退後は所属球団の関係者やチームメートでさえ連絡を取れず、音信不通になっている人間もいる。

 その逆に指導者やタレント、実業家として成功している選手も多い。今季も優勝を逃し、批判の声もある巨人の原辰徳監督(65)だが、第二の人生ではその一人だ。私も現場で取材していたが、原監督は現役引退会見の席上で「私の夢は終わりますが私の夢には続きがあります」と語っている。その後、二度に渡り巨人の監督となり9回のリーグ優勝、3回の日本一に貢献。2009年には野球日本代表の監督としてチームをWBC優勝に導いた。夢の続き、セカンド・キャリアは成功しているといっていいだろう。松田のことだから、どんな第二の人生を選択しても努力し、成功すると信じている。

 競技人生の終焉(しゅうえん)を迎えるのは、野球選手だけではない。先頃、今季限りでの現役引退を自身のインスタグラムで発表した、J1札幌の小野伸二もそのひとりだ。プロ野球の世界を離れてサッカー担当をしていた時期があるが、そのときにJ1・浦和に入団してきた小野だった。

 そのプレーには再三、度肝を抜かされた。特に日本が始めてワールドカップに出場した1998年のフランス大会・ジャマイカ戦(リオン)は今も鮮明に記憶している。大会前までキング・カズこと三浦知良(56)がつけていた背番号「11」を背負った小野は79分から途中出場し、最初のプレーで相手をまた抜きしてシュートまで持ち込んだからだ。18歳とは思えぬ驚愕(きょうがく)プレーに、現場で取材していた私は末恐ろしさを覚えたものである。

 その後、オランダの名門フェイエノールトなど海外でも活躍。FIFA世界大会、UEFAクラブ国際大会のすべてに出場した唯一の日本人選手となったのは当然のことだろう。

 少年のころから「天才」と呼ばれ続けた人間だけに、そのテクニックは今なおさび付いていない。だが、39年のサッカー人生で体が悲鳴を上げて、ボロボロになって現役引退を決意したのも無理はない。名選手の引き際は自分で判断するものだと思う。今後、彼がどんなセカンド・キャリアを目指すのか、今のところ分からない。指導者ライセンスを取得してJリーグの監督、その先にある日本代表監督を期待する声もある。それはそれで楽しみである。(デイリースポーツ・今野良彦)

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