【野球】山本由伸のポスティング“狂想曲”で思いをはせる、元西武・前田勝宏氏“強行突破”でのMLB移籍劇

 オリックス・山本由伸(25)のポスティング“狂想曲”で思いをはせる、元西武のカッツ前田こと前田勝宏氏(52)の“強行突破”でのMLB移籍騒動。

 山本由伸のメジャー移籍が日米球界で話題にならない日はない。3年連続で投手部門のタイトルを総なめにしている投手だけに、米30球団中15球団以上が獲得に乗り出すだろう、と伝えられている。さらに、近日中にはDeNAの左腕エース・今永昇太(30)もポスティングを申請。MLBでのプレーを目指すことになり、ポスティング移籍が注目を集めている。

 海外FA権で移籍に踏み切ることができる。だが、現行ルールでは海外FA権を取得できる見込みは高卒で27歳、大卒では31歳まで待たなくてはいけない。エンゼルス・大谷翔平(29)のように早い段階でメジャーでの活躍を夢見る選手は、球団との話し合いの末にポスティング移籍を容認してもらう道を歩もうとする。だが、各球団に事情や方針があり、即かなわない選手も多い。今オフも西武・高橋光成(26)がポスティング移籍を球団に要請したが、話し合いの末に断念している。

 そんな現状に頭をよぎったのは前田氏のことである。彼は95年末に行われた契約更改交渉の席上で突然、MLB挑戦を直訴して騒動となった選手だ。92年にドラフト会議で2位指名され、プリンスホテルから西武に入団した当時は「幻の100マイル投手」と騒がれた逸材だった。だが、西武在籍3年間で登板したのはわずか25試合。0勝2敗、防御率4・89という成績しか残していなかった。

 当時、日本のプロ野球では93年オフにフリーエージェント(FA)制度が導入されたばかり。現在のように、FA権を持たない選手が海外リーグへの移籍を希望した場合に、所属球団が行使する権利であるポスティング制度もなかった。前田氏がいくらMLB移籍を望んでも球団の同意は必要不可欠だったが、西武としては前田氏を戦力として考えており、手放す考えはなかった。

 私は96年1月に巨人担当から西武担当に異動したが、シーズン開幕直前までその騒動に巻き込まれ、前田氏を取材するようになった。本人から電話番号を教えてもらい、何度も電話で取材した記憶がある。球団の動向を知りたがっていたが、それ以上に聞きたがったのは、MLB各球団の動きだった。私は知り合いの日本在住のMLB極東スカウトから収集した情報を参考に伝えたこともある。また、元日本球界でプレーしていたが、すでに引退。その当時、米本国の球団で仕事をしていたこともある外国人に直接電話をし、前田に興味を示しているチームがあるのか-を取材したこともある。

 最終的に、当時の堤義明オーナーが「和を乱す選手は不要。行かせてあげれば」という“天の声”で、ヤンキースに入団し、マイナーリーグからメジャー昇格を目指すことになった。だが、在籍期間5年で一度もメジャーでプレーすることなく、その後は台湾、イタリア、中国でプレーし、アマチュアや独立リーグなどでプレーし現役生活に幕を閉じている。もし当時、ポスティング移籍があり、すんなり米国でプレーしていたら、どんな結果が待っていただろうか。(デイリースポーツ・今野良彦)

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