【野球】ロッテ・吉井監督 箕島時代に名将・尾藤監督から学んだ「自己決定を尊重する」野球 「あの頃の指導が今に生きている」

 ロッテ・吉井理人監督(58)は12月17日、和歌山県有田市の有田市民会館で「箕島から始まった私の野球人生」をテーマとしてトークショーに登壇した。そこからほど近い、母校・箕島高校にも立ち寄り、「どれくらいぶりやろう…」と思い出を回顧。懐かしみながら、「私の野球人生は、ここから始まった」と“吉井野球”の始まりを語った。

 箕島高校では甲子園に2度出場。その後、近鉄バファローズにドラフト2位で入団し、NPB球4球団、MLB3球団を渡り歩いた。23年もの間プロ野球で活躍し、コーチも経験。現在はロッテの監督としてチームを率いる。そんな野球人生の礎となっているのは、箕島時代の名将・尾藤公監督の教えだ。

 「高校時代に尾藤監督は『なにせえ、これせえ、あれせえ』とあまり指示をしなかった。自分で考えて問題解決するしかなかった。あの頃の指導が今に生きている」

 吉井監督の野球は、「自主性」と「主体性」を重んじる。2023年の春季キャンプから、選手たちには自分で考え、自分で行動させてきた。高校を卒業してから約40年がたつが、「めちゃめちゃ影響してます」という尾藤監督の指導方針が、基礎となっている。

 尾藤監督を「一般常識にもすごく厳しい監督さんだった」とも振り返る。「電車で大騒ぎしたのが監督の耳に入って、夏休みに朝から晩まで球場のスコアボードのところで校歌を歌わされた。あれは今でも覚えています(笑)」。厳しく指導された思い出を懐かしみながら話し「尾藤監督という素晴らしい指導者に、初っぱなに会えたのはラッキーだった」と、感謝の思いを語った。

 自身の経験も生きる“吉井野球”だ。米大リーグ・メッツに入団してから「大活躍したら本にしようと思って、人が読めるように日記を付けていた」と、毎日の出来事を振り返り、言語化してきた。そのことを、コーチング理論を専攻していた筑波大大学院時代のスポーツ心理学の学会で発表。その場で心理学教授に「だからあなたは活躍したんだよ」と評価を受け「自分のパフォーマンスを俯瞰(ふかん)するっていうのは、すごく自分のためになると気がついた」。日本ハムの投手コーチとなり、選手に還元し始めた。

 ロッテでは茶谷に今年の春季キャンプでこの方法を進めたといい、「あいつは本当に変わった」と話す。「おとなしく、自己主張が少なく見える選手。でも日記を付け始めてから、やりたいことが分かってきて、自分でできるようになった」。自分の行動を俯瞰(ふかん)する。自身のメジャーでの経験が生きた指導法だが、尾藤監督の教えの下でつくり上げられた、現在の「自己決定を尊重する」野球にもつながっている。

 今季は開幕から115通りの布陣を組むなど、“吉井野球”で戦い、監督就任1年目ながらチームを2位に導いた。それでも「今でも過去のこと振り返って、『そういうことだったのか』と気づきがある。わたしもルーキー監督なので、これからどんどん選手と一緒に成長したい」。箕島から始まった野球人生。恩師の教えを受け継ぎ、来季はチームを日本一に導く。(デイリースポーツ・南香穂)

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