【スポーツ】なぜマラソンにペースメーカーが存在するのか 五輪では採用されない制度 日本選手の現在地
3日に行われた東京マラソンでは、ペースメーカーがスタート直後からの世界記録ペースについて行けず離脱したり、給水ポイントで自らの給水ボトルをうまく取れずに止まって後続選手のペースを乱したり、転倒を招きかねない危険な行為だったとして批判の声を浴びているが、そもそもペースメーカーとはどんな存在なのだろうか。
30キロ付近まで同走することが多いペースメーカーとは、混戦になりがちなスタート直後において必要以上にペースが乱れてしまうこと、ランナーがライバルを意識しすぎるなどして集中力を乱し、不必要なスタミナを消費してしまうことを防ぐ役割を担う。
また、後続ランナーの風よけとしての利用されることもあり、選手にとっては体力を温存できるメリットが生まれ、世界記録更新が期待されるベルリンマラソンでは古くから採用されてきた歴史がある。
だが、五輪ではペースメーカーは採用されていない。レースでは実力プラス駆け引きがメダル獲得の重要なポイントになっており、好タイムをたたき出すために選手の潜在能力を引き出すペースペーカーが集団の先頭を走ることはない。
それでも2000年代から日本でも導入され始め、30キロ付近まで一定のラップを刻むペースメーカーが先導することで、日本選手が高速レースに対応できるようになってきた側面もある。逆に、駆け引きという側面において魅力を欠く存在だとする声もあるが、近年の大会において世界のトップ選手と対等に渡り合えていない日本長距離界においては、今後とも各選手の成長に向けて必要な“パートナー”ではないだろうか。
プロランナーでパリ五輪男子マラソンの補欠候補である川内優輝は、ペースメーカーの存在が話題となった東京マラソンのネット記事に対し、自身の考えを投稿した。
『「ペースメーカーがいる間はただ流れに乗ればいい」と考えがちですが、「機械ではなく選手」ということは常に頭の隅に置いておく必要があります。給水が苦手で止まったり戻る選手も時々いますので、「そのような選手の近くを走らない」、「接触しないように集団内での位置取りを変える」、「スペシャルドリンクを取りに行けない位置取りをしてしまったらゼネラルを取りに行く」といったことを給水所が近づいてきたら瞬時に判断する必要があります。また、ペースメーカーが速かったり遅かった場合には多少力は使いますが「Good!」、「Pace up!」等とコミュニケーションを取ることも大切で実際に海外選手はよくやっています。今回の日本人男子集団は設定より遅かったようですが中間点は五輪内定基準タイムピッタリでは通過しています。Bestではありませんが他の海外レースを基準にすると Betterの範囲だと思います』と一定の評価を与えている。
レース後、日本陸連の高岡寿成シニアディレクターはペースメーカーが機能しなかったという声に「大阪の時もそうだった。レースは生もの。思っている通りに進むことはない。その中でどう対応するかが必要。ダメだったからダメだったとはならない」と、想定外の事態が起こった時に対応できる力をつけ、養うことが、日本長距離界のレベルアップにつながると指摘した。
今大会で優勝したキプルト(ケニア)のタイムは2時間2分16秒。日本選手のトップは9位に入った西山雄介の2時間6分31秒で、キプルトとのタイム差は4分15秒。西山の場合、レース途中に転倒した影響もあるだろうが、現時点で日本と世界の差は埋まったとは言い切れない。
海外での高地合宿で心肺機能を高め、また自宅の寝室を高地仕様の酸素濃度にするなどして世界と戦える資本作りに取り組む選手がいる。男子では1992年のバルセロナ五輪で銀メダルを獲得した森下広一以来、五輪でのメダル獲得選手は現れていないが、日本マラソン界の輝きを待ちたい。(デイリースポーツ・鈴木健一)