【野球】「ダメだったら辞める」ロッテ・石川歩 覚悟の手術経て帰還 完全復活までの日々
昨年10月に右肩手術を受け、オフに育成選手契約を結んだロッテ・石川歩投手(36)が6月24日に支配下選手に復帰した。ここまで1軍で2試合に登板し、2勝0敗、防御率1・64。35歳で手術に踏み切った決断、リハビリ中の苦悩など、完全復活に至るまでの日々に迫った。
ロッテの“五右衛門”が帰ってきた。昨年10月に右肩の手術を受け、育成選手契約となっていた石川歩が6月24日に支配下復帰。再び1軍で「絶景」を見るため、リハビリ生活を乗り越えてきた。
昨年は右肩コンディション不良で開幕投手を回避。ファームでは3試合に登板したが、プロ10年目にして初めて1軍登板なしに終わった。コンディションの上がらない日々。本人も「去年が一番しんどかったです」と振り返る
手術に踏み切るきっかけとなったのは、昨年9月9日のイースタン・日本ハム戦。「(試合後に右肩が)すごく痛くて、なんか今までと違うぞ、ってなった」。その後、複数の病院で診察を受け、右肩有痛性ベネット病変、右肩関節唇損傷と診断された。「納得できるところで手術したほうが良いな」と、右肩ベネット骨棘(こっきょく)切除術、後方関節包解離術、関節唇クリーニング術に踏み切った。
当時35歳での決断だった。うまくいけば復帰できるが、そうではなかったら…。右腕にとっては大きな決断。「ダメだったら辞めるしかない」と引退も頭をよぎってはいた。だが、それよりも「これより悪くはならんかなって感じ」とあくまでも考えは前向きで、「やったことある人にも連絡して聞いた」と助言を得た。
投球練習再開までは3~4カ月とされていた。オフシーズンは「ほぼリハビリに費やした。自主トレ中も肩周りのトレーニングをした。見てもらっているトレーナーのメニューをやりながらケアしていた」。インナートレーニングを中心に、じっくり取り組んできた。
リハビリを開始してからは「結構順調にきた。停滞したときはなかったですね」と回復。手術を受けてから約半年後の4月17日のイースタン・オイシックス戦で復帰登板した。「毎日感覚が違って、良かったり悪かったり。投げてるうちに良くなってくるかな、と思いながら投げていました」と明かす。
1軍復帰登板は6月30日・オリックス戦。5回3安打無失点とし、669日ぶりに白星を挙げた。お立ち台では「絶景で~す!」と復活の雄たけびを上げた。10日・楽天戦では6回7安打2失点で2連勝。風速16メートルの強風の中、技ありの投球を披露した。
「1試合1試合、状態をもっと上げないと厳しいと思うので、頑張りたい」。再スタートを切った背番号12が優勝へ導き、「絶景」を見せる。(デイリースポーツ・南香穂)
◆石川 歩(いしかわ・あゆむ)1988年4月11日生まれ、36歳。富山県出身。186センチ、80キロ。右投げ右打ち。投手。滑川から中部大を経て東京ガスへ。社会人2年目でのプロ入りはかなわず、翌2013年度のドラフトでロッテ、巨人から1位指名。ロッテが交渉権を獲得し、入団。14年には10勝を挙げ新人王。23年に右肩を痛め、そのオフ、育成契約となっていた。