【スポーツ】フェンシング銀の快挙を後押しした歴史の歩み 4から8、8から30面と先人の活躍で増えたピストが進化の土台

 銀メダルを獲得したフェンシング男子エペ日本代表。(左から)見延和靖、山田優、古俣聖、加納虹輝
 ナショナルトレーニングセンター拡充棟のフェンシング場
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 「パリ五輪・フェンシング男子エペ団体・決勝」(2日、グランパレ)

 男子エペ団体決勝で、加納虹輝(26)=JAL、山田優(30)=山一商事、古俣聖(26)=本間組、見延和靖(37)=ネクサス=の日本はハンガリーに延長の末に25-26で敗れ、銀メダルだった。前回東京大会との連覇を逃したが、2大会連続で表彰台に立った。

 日本勢の快挙を後押しした、歴史の歩みがある。フェンシングはナショナルトレーニングセンター(NTC)に専用の部屋があり、競技用ピスト(コート)が30面設置されている。エペ、フルーレ、サーブルの男女選手が集って汗を流す今では当たり前の環境が、昔は違った。

 2001年に完成した国立スポーツ科学センター。当初、フェンシングは通路に作られた、4面のピストで練習していた。日本協会前会長の太田雄貴氏が、男子フルーレで08年北京五輪個人銀メダル、12年ロンドン五輪団体銀メダルを獲得したことで風向きが変わり始めた。

 8面のピストを獲得したが、練習場が足りず別棟も使用していた。そちらでの練習は他競技との共有スペースとなっていたため、使用するたびに準備や後片付けをしなければならなかった。その環境にも負けず、次第に実力を伸ばした剣士たちの活躍によって国からの助成金も増えた。ピストの大きさも、今では30面になり、フェンシング専用の部屋を獲得するに至った。

 日本代表の青木雄介監督(50)は「夢のような大きな場所を頂いた。強化の上では大きい。競技力が上がった、かなりの要因になっている。ちょっとした結果、先人が築き上げてきたものが産んでいる」と表現する。

 パリ五輪で銅メダルを獲得した女子フルーレ団体は、フランク・ボアダンコーチが2017年に就任。21年東京五輪の男子団体準決勝で、日本に勝利したフランスのエースだったエルワン・ルペシュー氏もコーチについた。「彼らが日本で指導したいと思うぐらいの選手がいたんだなと思う。彼ら自身がすごく日本を好きでいてくれている」と青木監督は話す。

 東京五輪では男子エペ団体が金メダル、女子サーブル個人の江村美咲(立飛ホールディングス)は22年、23年世界選手権で2連覇した。「財政的に困難なところもみんなのモチベーションと結果で盛り返している」という。急激な成長を遂げるフェンシング界の未来は明るい。(デイリースポーツ・田中亜実)

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