【スポーツ】母・真理子さんも目を細めた平野美宇の24年間「本物のアスリートになった」2度目の夢舞台で見せた集大成の輝き

 平野美宇を見守ってきた母・真理子さん=山梨県中央市
 平野美宇が小学6年時に製作した作品で、五輪の金メダルを首にかける自己像
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 卓球女子でパリ五輪に出場した平野美宇(24)=木下グループ=は初出場のシングルスで8強入りし、女子団体戦では2大会連続の銀メダルに貢献した。リザーブで帯同したリオ五輪、逆転でシングルス代表を逃した東京五輪の失意を経て、つかみとった2度目の夢舞台。幼少期から見守ってきた母・真理子さんが「本物のトップアスリートになった」と、目を細めた集大成の輝きを放った。

 「東京五輪が終わって引退するんじゃないかと思っていました」。母・真理子さんは、表彰式での平野のすがすがしい笑顔を見て、予感めいたものを感じていたという。しかし、平野自身の胸の内は違った。「すごく楽しかった。だからこそ、次のパリは絶対にシングルスで出たい」。東京五輪代表争いで疲弊し、卓球台を見るのも嫌で自室にふさぎ込み「逃げたい」と毎日考えていた日々を経て、「もう逃げない」と硬く誓って再出発した。

 2年間のパリ五輪代表レースも序盤は苦戦したが、代表圏内の2番手につけて最終戦の全日本選手権を迎えた。4年前は最後に逆転されたものの、今回は「自分の人生は自分でコントロールする」と人生訓さながらの強い決意を口にして戦い、代表権を手にした。大会後、家族と焼き肉店で祝勝会を行ったが、平野は「今までのお礼で私が出すから」と全額を支払ったという。初めてのことに母・真理子さんは驚いた。「お祝いをしようと思ったのに、逆にごちそうされました」。5月の母の日にも、初めてプレゼントとして寝具が贈られてきた。感謝の手紙も添えられていたといい、「今までなかったのでビックリしました。本当に大人になったんだなと」。人としての成長も実感し、目尻を下げた。

 パリ五輪を前に、真理子さんは「美宇は本物のトップアスリートになった」と表現した。スポーツ選手は物を生産するわけでもなければ、有用なサービスを直接提供するわけでもない。「勝った負けたという結果も、興味のない人にとってはどうでもいいこと。だからこそ、結果だけでなく見ている人に何かを伝えられる人が本物のアスリートだと思う。その上で美宇はリオ五輪でリザーブ、東京はシングルスがダメで挫折を味わい、そしてパリではシングルス代表を勝ち取った。この8年間の全ての流れに、見ている人に何かを伝える部分があると思う」。黄金世代を代表する1人として幼少期から注目を浴び続け、浮き沈みを経てパリの舞台に向かう背中は、母の目頭を熱くさせた。

 一つの集大成として迎えたパリ五輪では24年間の人生をぶつけ、安定した戦いぶりを発揮した。「本当に幸せだった。たくさんの方に応援していただき、感謝の気持ちでいっぱい。後悔のないプレーはできた」。現役は続けるものの、4年後のロス五輪挑戦は明言せず、他分野の勉強などにも意欲を示している。

 「キティ屋さんになる」という幼少期の夢を上書きし、小学1年で「夢はオリンピックで金メダル」と口にしてから17年。小学6年の時に、将来の夢として製作した人形の首に掛かった金メダルには届かなかったが、「自分の人生」から逃げずに戦い切った集大成のメダルは、それ以上に誇らしく輝いていた。(デイリースポーツ・藤川資野)

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