【野球】巨人・阿部監督はなぜ浅野の起用にこだわったのか
開幕から歴史的混戦が続いたセ・リーグは、巨人が141試合目に4年ぶりの頂点に立った。2年連続Bクラスと低迷からのV奪回。背景には適材適所の戦力補強、選手個々の成長や復活もある。多くの勝因がかみ合った中で阿部監督のマネジメント力が光った。こだわったのは「勝ちながら育てる」。高卒2年目の浅野翔吾外野手(19)の成長なくして悲願は成し得なかった。坂本、戸郷に続くスターの系譜。19歳の現在地に迫る。
歓喜のビールかけで盛り上がる会場の端に、フェースガードをして笑う浅野がいた。まだ19歳。輪に加われない男の元に、坂本が炭酸水を持って駆け寄る。全身にウオーターシャワーを浴び、かみしめるように笑う姿が印象的だった。10代では坂本、戸郷らもたどった道。伝統の継承だった。
ピンチはチャンス…眼前に広がるのは、まさに言葉通りの光景だった。2位で広島を追っていた8月11日の中日戦(バンテリン)。ヘルナンデスが守備で左手首を負傷した。診断結果は「左橈骨遠位端(とうこつえんいたん)骨折」。阿部監督は「俺の心も折れそうだ」とつぶやいた。
後半戦の快進撃を支えた助っ人の離脱。失速やむなしか…それほど苦境だった。「でも、若い選手はチャンスが増えるわけだから、頑張って、みんなで勝ちたいなと思う。とりあえず浅野を呼ぶよ」。阿部監督は19歳の昇格を明かした。この時点ではまだ、未知数の戦力。だが、意外?な活躍がチームの推進力になっていく。
8月14日の阪神戦(東京ド)。0-0で迎えた四回2死満塁、及川からプロ初の満塁アーチを放った。阿部監督は「打席に入る表情が素晴らしい。戦っている姿勢が僕には良く映る」と評価。「個人的には彼がスターになってほしい。最後まで?いくんだよ、我慢して。やっぱり次世代の選手を入れて、勝つっていうことをしておかないと、今後のジャイアンツに生きない」と継続したスタメン起用を決めた。
劇的な活躍で勝利に貢献したかと思えば、9月21日の広島戦(マツダ)では後逸による適時失策で号泣。失敗も成功も印象深く、話題になるのはスター性だろう。8月17日のDeNA戦(横浜)。足がつって途中交代した浅野に、阿部監督はベンチで「いいんだ。いまは無我夢中でやれ」と声をかけた。その上で、伝えた。巨人軍の伝統を。
「いまこうやって優勝争いできていて、試合にも出られているだろ。ここから何年か後には、おまえが中心になって出てなきゃダメなんだぜ」
無我夢中な姿はチームの活力になった。ベンチでは最前列で声を張り上げ、試合前の円陣でも声出し役で活躍。初めて優勝マジック「9」を点灯させた前日には、神社を参拝して必勝祈願のお守りを購入した。負傷離脱中のヘルナンデスも含めて野手18人全員に配布。翌日は黒マジックを2本用意し「さぁ、せっかくマジックをつけたので…水性じゃなくて、油性マジックでいきましょう」と言って笑いを誘った。
今季は40試合に出場、打率・240、3本塁打、18打点で終了。炭酸水を全身に浴びながら、浅野は喜びをかみしめた。「この1カ月、本当にいろんなことがあった。苦しい思いをしながら、楽しい思いもたくさんあった。優勝することができてよかったです」。現役時代の阿部監督がそうだったように、巨人軍の伝統はつながれていく。来季はホップ、ステップ、ジャンプの飛躍が期待される3年目。その前にあるポストシーズンも、スター街道を走る19歳の成長を後押しする。(デイリースポーツ・田中政行)