【スポーツ】“自虐柔道家”新添左季の希有な競技人生「私みたいなタイプの子の希望になれたらいい」

 今夏パリ五輪に出場した柔道女子70キロ級代表の新添左季(28)=自衛隊=が今月、現役引退を発表した。柔道を始めた小学生時代は恐怖心で試合会場から逃亡するほど臆病者で、トップ選手になってからも弱気で自虐的だったが、豪快な内股を武器に才能を開花させ世界一にも輝いた。五輪ではメダルに届かなかったものの、希有(けう)な競技人生を振り返り「自分に花マルをあげたい」と晴れやかに胸を張った。

 世界一激しい競争を繰り広げている日本柔道界で、新添は希有な存在だった。目立つのが苦手な性格で、取材の度に「私なんて…」と自虐発言を繰り返しつつ、大好きな「名探偵コナン」や、バイブルにしていたバレーボール漫画「ハイキュー!」の話題では冗舌になった。ただ、畳に上がれば超本格派。釣り手と引き手を持ち、長い手足を生かした内股でダイナミックに相手を吹っ飛ばした。その大きなギャップはとても魅力的だった。

 柔道を始めた幼少期から勝負に対する執着は薄く、試合へは恐怖心が勝った。小学低学年時、会場から逃げ出して棄権した逸話もある。中高時代もサボることばかり考えており、特に苦手な寝技からは逃げ続けた。山梨学院大時代も寝技の練習では存在感を消し、やり過ごした。社会人になってからコーチに「寝技は小学生レベル」とまで言わしめたが、抑え込みの基礎から努力を重ね徐々に開花。アジア大会、ワールドマスターズと世界最高峰の大会を制し、23年には世界女王に輝くなど才能を目覚めさせた。

 選ばれし者だけが立てる五輪の畳にも上がり、やり切った。「自分、頑張ったんじゃないかな。『目立たないけど、あの人地味に強いよね』という選手を目指してきたが、ここまで来た自分に花マルをあげたい」と胸を張り、「体を動かすのがあまり好きじゃなかった人間でも、ここまで続けてこられて自分が一番驚いている。私みたいなタイプの子の希望になれたらいい」と語った。

 今後はコーチとして歩み出す。「私は不器用なタイプで、教えてもらったことがすぐにできなかったり、苦手なことはやりたくないタイプだった。そういう選手をうまく誘導したい」。自分と同じタイプに伝えたいこととしては「『ハイキュー!』を読んだら前向きになれる」と付け加えた。

 引退会見の終わりには報道陣に「こんな需要のない人間のために今までありがとうございました」と最後まで自虐を込め、笑いを誘った。目立つことは嫌ったが、記者や関係者のファンも多く、愛された選手だった。臆病でも、気弱でも、得意なことを見つけて地道に続けたら世界一になれる。等身大の柔道人生は、エリートじゃなかったからこそ多くの後進の光になる。(デイリースポーツ・藤川資野)

 ◆新添 左季(にいぞえ・さき)1996年7月4日、奈良県橿原市出身。左組みで得意技は内股。兄の影響で6歳から橿原市クラブで柔道を始めた。天理中・高、山梨学院大と進み、19年から自衛隊所属。16年講道館杯で初優勝すると、同年12月のグランドスラム東京大会も初制覇した。18年アジア大会で金メダルに輝き、世界選手権は22年3位、23年優勝。パリ五輪女子70キロ級に出場し、敗者復活戦で敗れ7位。混合団体戦では銀メダルに貢献した。171センチ。

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