ピロリ菌を除去しても胃がんに絶対ならないとは限らない
「町医者の独り言・第12回」
毎年多くの人が、癌(がん)で亡くなられ、闘病をされています。成人の約3分の1が癌になるのですから、結構な確率です。ここ最近増えているのが肺癌です。喫煙が重要因子ではありますが、それ以外にも大気汚染など様々な外的因子が関係しているようです。その中で、以前は胃癌大国であった日本で、胃癌の死亡率が減少しています。以前にも紹介した胃カメラ(上部消化管内視鏡)による健診が増えたのが理由の一つです。もう一つの大きな要因は、ヘリコバクターピロリ菌(以下ピロリ菌)の除去が広く行われるようになったからです。
かつてピロリ菌の除菌は、胃潰瘍、十二指腸潰瘍のある人にしか保険適応とされていませんでしたが、現在は慢性胃炎などの人にも保険治療が適応されます。様々なデータがありますが、除菌前と除菌後では、胃癌になる確率が3分の1程度まで下がるといわれています。ですから、ピロリ菌に感染している人は、必ず除菌をしてほしいのです。現在は、生涯で2回のみ保険適応となっています。
気をつけてほしいのは、胃癌になる可能性が“3分の1”になっただけで、除菌=可能性ゼロになるわけではないということ。ここを勘違いしている人がたくさんいます。例えば、幼少期に感染したピロリ菌は、数十年かけて胃粘膜を委縮させ、さらには前癌状態とも言われている腸上皮化生という状態にまで正常胃粘膜を悪化させている可能性が高いのです。除菌しても、それまでに悪化した状態が劇的に改善するわけではないので、癌になる因子は残っているということです。また、ピロリ菌に再感染してしまうケースもあります。
ピロリ菌に感染している人は、胃カメラを受ける年齢が遅ければ遅いほど、既に悪くなっているリスクは高まります。ですから、若い人ほど胃カメラを受け、感染を認めれば、直ちに除菌をしてほしいのです。それにより、胃癌発症のリスクはかなり軽減します。もちろん、その場合でも胃癌になるリスクが“3分の1”以下になっただけという認識は持つべきです。除菌後でも年に一度は胃カメラを受けて、癌の早期発見を心がけてほしいです。早期胃癌であれば、かなりの確率で内視鏡治療を施すことで完全に治癒することが可能です。今は癌と言っても死刑宣告ではないのですから。
また、胃癌の中にも、上記とは違った形で出現する怖い癌があります。ピロリ菌の感染などと関係なく、出現してくる癌です。このタイプの癌も早期に見つけることは難しいのですが、胃カメラを受けて早期発見できれば、治癒する確率は高まります。胃癌になる因子としてピロリ菌の感染以外に、塩分の過剰摂取、喫煙なども挙げられています。遺伝的な要因はないとされていますが、親族内で胃癌が多発しているケースも時々みます。これはピロリ菌の感染であったり、生活習慣が引き起こしたのかもしれません。
癌の予防は難しいのですが、防ぎようがないと諦めるのではなく、積極的な治療でリスクの軽減を図れるということを知っていただきたいのです。多くの患者さんが癌と戦いながら、日常生活を送っています。回復に向かうことを心から祈っております。健診は意味がない、癌と戦うなという医師もいますが、私の経験から納得できる一般的な意見を述べさせてもらいました。
◆筆者プロフィール
谷光利昭(たにみつ・としあき)たにみつ内科院長。1969年、大阪府生まれ。93年大阪医科大卒、外科医として三井記念病院、栃木県立がんセンターなどで勤務。06年に兵庫県伊丹市で「たにみつ内科」を開院。地域のホームドクターとして奮闘中。