アニサキス治療の第一選択は内視鏡での摘出 醤油、お酢では死滅しません
「町医者の独り言・第19回」
寄生虫には、様々な物があります。我々の世代で有名なところは蟯虫(ぎょうちゅう)症ではないでしょうか?小学校のときにお尻にセロハンテープ様のフィルムを貼って学校に提出していましたよね。最近、蟯虫検査は行われていないようです。
我々日本人は魚を生(なま)で食する機会が多く、気をつけなければいけない寄生虫にアニサキスがいます。最近もインターネットで、ある芸能人の胃内に8匹もいたというのを見たことがあります。アニサキスは本来、鯨(くじら)、トド、アザラシ、イルカなどの胃内に寄生しているのですが、その成虫から排出された虫卵が、アジ、サバ、サンマ、イカなどの消化管、筋肉内に寄生します。それらを食した人間に寄生すると、24時間以内に95%以上の人が上腹部痛、悪心、嘔吐などの消化器症状を発症します。
上記症状はアレルギーが関係していると言われ、時に蕁麻疹(じんましん)、発熱などの全身症状を呈する事があります。診断には、食事に対する問診が非常に重要です。サバ、アジ、イワシ、イカなどを食して発症する急性の上腹部痛に対しては、アニサキスの感染を強く疑わなければなりません。
問診で、アニサキスの進入を強く疑う事ができれば、緊急の内視鏡を施行します。胃壁に頭から胴体を刺入しているアニサキスを発見できれば、生検鉗子(かんし)を用いて丁寧に胃壁から引き抜きます。その際、アニサキスは最後の抵抗をするように、生検鉗子にグルリと巻き付いてきます。摘出すれば、それまであった耐えきれない上腹部痛は嘘のようになくなります。
アニサキスは胃内に留まることがほとんどですが、まれに小腸、大腸にも認められ、小腸では腸が詰まったり、穴が開いたりすることがあり注意が必要であると言われています。本当は、釣り上げたばかりの上記のお魚などを冷凍、加熱せずに生で食するのは少々危険を伴うということを自覚しておくべきです。
ただし、アニサキスはほとんどが人間の体内では1週間以内に死滅し、70度以上の加熱、マイナス20度の24時間冷凍をしても死滅するとされています。ただ、醤油(しょうゆ)、お酢などで調理をしても死滅はしません。時々、想定外の元気なアニサキスが人の生体内で長生きしたり、腸を食い破ったりするので、やはり油断は禁物です。
治療の第一選択は、内視鏡による摘出ですが、内視鏡は必要ないとの報告もあります。アレルギーを抑える注射と香蘇散という漢方薬で、ほとんどのアニサキス症を治療できるとの報告を見たことがあります。ただ、私は、万全を期すため一般的な内視鏡による摘出を第一選択としたいと思っています。
他にも、牛や豚の不完全調理を食して、有鉤条虫、無鉤条虫に感染することもあります。私が医者1年目のとき、現在は禁止されているユッケ(牛の生肉)が市場に出回っており、焼肉店にいけば、ユッケ、塩タンの順番に食していたものです。私は外科にいたのですが、内科の同級生と焼肉に行き、ユッケを食べていると、なんと!その友人はユッケを焼き始めました。同席したみんなが「おいしいユッケが台無しや!」と怒り出すと、友人はユッケを食べた患者さんが有鉤条虫症になり、治療しているからと言いました。みんなはその気持ちを理解し、彼だけはユッケを焼いて食べることを“許可”して、その場のムードは落ち着きました。
その他にも、マラリア原虫、赤痢アメーバ、回虫、日本住血吸虫、横川吸虫症、エキノコックスなど、世の中には様々な寄生虫が存在します。加熱、冷凍調理をしても感染を100%防ぐことまでは不可能なので、生食の際にはそれなりに注意が必要です。ただ、先ほどの話に戻りますが、身近に、そんな経験をした人間がいても、その後もユッケは私の好物でした。こんなことを書きつつ、近いうちにお寿司を頂きたいなぁ…という妄想も膨らませています。
寄生虫が怖いからといって、生食を全く食べずに生きていくのは辛いですし、現実的ではないと思います。私自身は生食を食する頻度に気をつけ、医学的な意味で「予防」とは言いがたいのですが、口に運ぶ前に目視で確認することを忘れず、よく噛んでいただくことにします。
◆筆者プロフィール 谷光利昭(たにみつ・としあき)たにみつ内科院長。1969年、大阪府生まれ。93年大阪医科大卒、外科医として三井記念病院、栃木県立がんセンターなどで勤務。06年に兵庫県伊丹市で「たにみつ内科」を開院。地域のホームドクターとして奮闘中。