【松本浩彦医師】医学は「偶然」で進歩してきた 現代は「計算」へと変貌
これまで新薬の発見は「偶然の産物」である事がほとんどでした。例えば青カビからペニシリンが発見されたのは1929年。培養していたブドウ球菌にたまたま混入していた青カビが菌の繁殖を抑えていたことから、この世に抗生物質が生まれました。
ヘリコバクター・ピロリというヒトの胃内に住む細菌は、慢性胃炎、胃潰瘍だけでなく、胃癌やリンパ腫の発生にも繋がる病原体ですが、いっぷう変わった発育環境で生息する細菌で、特殊な培地と培養法が必要です。
ピロリ菌の発見を目指した研究は失敗続き。しかし1982年、オーストラリアの研究室で、たまたま実験助手が休暇を取ったため、通常は翌日に片付けられる培地が5日間放置されます。休暇が終わって出勤した実験助手が、培地上にピロリ菌のコロニーを見つけます。後に判るのですが、ピロリ菌は増殖が遅く培養に長時間を要したのです。実験助手が休暇を取らなければ、発見はさらに遅れていたでしょう。
このように、医学の進歩は「偶然」という要素が大きく関わってきました。ですが現代の医学は、病気の原因となるタンパクの形状を分子レベルで解明することから始まります。病原タンパクの構造や遺伝子を見ながら、どの部分を攻撃すれば病気を抑えられるか、あらかじめ計算して薬を作り、治療方法を決めます。
この新しい治療アプローチは、あらゆる疾患の研究に用いられています。ただそのためには、従来のスーパーコンピューターなら数カ月かかる計算を2~3日で成し遂げる「京」(理化学研究所:神戸市)クラスのコンピュータでなければ計算できません。
偶然から計算へ。医学はいま、大きく変貌しようとしているのです。
◆筆者プロフィール 松本浩彦(まつもと・ひろひこ)芦屋市・松本クリニック院長。内科・外科をはじめ「ホーム・ドクター」家庭の総合医を実践している。同志社大学客員教授、日本臍帯プラセンタ学会会長。