佐野史郎さんが多発性骨髄腫を告白 どんな病気?治療法の自家移植って? 専門医に聞いた
俳優の佐野史郎さんが多発性骨髄腫を患い治療中であることを、今月上旬、出演したテレビ朝日の「徹子の部屋」で告白した。現在は抗がん剤と自家移植を行っており、治療と療養に専念して俳優業復帰を目指している。あまり聞きなれない多発性骨髄腫という病気、そして自家移植という治療法。専門医である兵庫県神戸市の赤坂クリニック・井上大地医師に解説してもらった。
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年間5000~6000人の患者さんが新規に発症する多発性骨髄腫は、白血病などの他の血液がんに比べて知名度は低いかもしれません。この病気は、本来は抗体(免疫グロブリン)を作成しながら異物を攻撃して感染や病気から体を守ってくれる形質細胞が勝手にがん化してしまうことが原因です。
抗体産生がうまくできないだけでなく、全く無意味で有害な免疫グロブリン(M蛋白)を産生することで、骨を中心にあらゆる臓器に障害が生じてしまいます。そのため患者さんは、造血機能の低下による貧血、骨の破壊、骨折、腎障害による倦怠感、腰痛など多彩な症状を訴えられます。診断は血液内科の専門医により骨髄検査・血液検査を中心に、異常な形質細胞の増加、M蛋白の量、骨や腎臓などの臓器障害、遺伝子・染色体検査の観点から確定します。
■自家移植療法って?
多発性骨髄腫はかつてはただ進行していくのを待つしかない非常に厄介な病気でした。しかし、1990年代後半に自家造血幹細胞移植法が普及し、さらに2000年代になり分子標的薬であるボルテゾミブやレナリドミドなどが次々と登場し大きな転換期を迎えました。続いて、これらをさらに発展させた薬剤や、骨髄腫細胞表面の抗原を特異的に認識できる抗体療法まで登場し、私がレジデント(研修医)だった15年前とは全く異なる治療戦略が得られ、様々な血液がんの領域でも科学の恩恵が最も患者さんまで届いている病気と言えます。
しかしながら、現段階では、このような治療でも再発のおそれのない「治癒」とよべる状態まで到達することは難しく、年齢や臓器障害の観点から適応となる患者さんの多くは「自家移植療法」を選択することになります。
自家移植とは、文字通り患者さん自身の幹細胞を用いた移植を指します。他人の幹細胞を用いた場合の望ましくない免疫反応などを気にすることなく、適切なタイミングで造血幹細胞を治療中の患者さん自身から採取します。具体的には、ボルテゾミブ,レナリドミドならびにデキサメサゾン などによりできるだけ寛解に近い状態に持ち込みながら、G-CSF と呼ばれるサイトカイン製剤を用いて、造血幹細胞を末梢血へと動員し、十分量の採取を目指します。移植の前にはできる限り腫瘍量が少なく、臓器障害がなく、そして度重なる抗がん剤により幹細胞採取効率を低下させないことが重要になるため、医療スタッフと患者さん自身がよく相談した上で、極めて戦略的にスケジュールを組む必要があります。
■目的は大量薬物療法を実現させるため
そして、大量薬物療法によって骨髄腫細胞を根絶した上で、保存していた自家造血幹細胞を移植することで、じわりと造血機能を回復させるという治療法になります。お分かりかもしれませんが、移植療法では移植そのものが目的ではなく、大量薬物療法を実現させるために、予め取り置きしておいた造血幹細胞により抗がん剤による骨髄抑制後の造血機能回復を担保するという作戦になります。
患者さんにとっては身体的に大きな負担になる治療といえますが、かつてに比べて移植患者の適応も広がり、また移植までよりよい状態でつなぐことが可能となってきました。なお、他人の造血幹細胞を使った同種移植は現段階では一般的でなく、臨床試験として実施すべき研究的治療に位置付けられています。
今後の臨床試験やさらなる新規薬剤の登場によりにより、例えば前述の抗体療法の初回治療からの導入の是非、自家移植なしで長期生存が見込めるようになるか?などについて我が国においても臨床試験によって評価されることで、患者さんにより負担が少なく治癒を目指せるようにさらに治療が進歩することが期待されます。
◆井上 大地 血液内科医、医学博士。2005年京都大学卒、神戸市立中央市民病院、東京大学医科学研究所を経て2015年より米国NYのメモリアルスロンケタリング癌センターに勤務。2019年より神戸ポートアイランドの先端医療研究センターで研究室を主宰。阪急六甲の赤坂クリニックで血液内科診療を行っている。