高田延彦、ヒクソン戦20周年を語る「20年たって消化できていないほど生々しい」
元プロレスラー、格闘家でタレントの高田延彦(55)が9日、NHK総合「ここから」に出演し、自身と日本マット界の運命を大きく変えた20年前のヒクソン・グレイシー(57)戦を振り返った。
当時、日本を代表するプロレスラーの1人だった高田は1997年10月11日、PRIDE・1でブラジルの最強柔術家ヒクソンと激突。1ラウンド4分47秒、腕ひしぎ十字固めで惨敗し、日本における総合格闘技の隆盛をもたらした。
番組で試合会場だった東京ドームを訪れた高田は「一瞬、引き戻されるというかね。東京ドームの巨大な建物を見るたんびに、思考が一瞬、止まるよね。今でもね。死ぬまで、この試合に関しては、整理のつかないまんま、自分の55年間の人生の中でも、必ず97年の10・11、これ入ってきますよね。これ間違いない」と、ヒクソン戦に抱く複雑な思いを吐露した。
ヒクソンと戦おうと思った理由を「もし同じ職業だったら、絶対やりたいと思うはず」と説明。
敗因について「ダメダメ準備だね。ヒクソン・グレイシーという幻想を自分の中でどんどんどんどん大きくしてしまったってのが一番の、彼と戦う準備をする段階での失敗ですよね。180センチそこそこのヒクソン・グレイシーを、勝手に自分の中で2メートルにした。3メートルに大きくした。どんどんどんどん巨大化していってしまったんですよね、自分の中で。あれだけの強い人と戦う人間じゃないですよ、あそこにいた自分自身は。首を切られに行くために、あの日、私は東京ドームに行ったと言っても過言ではない」と解説した。
高田は「あの10・11を真正面から20年たって受け入れた、あるいは受け止めた、受け止めることができた、消化できたかと言ったら、まだできてないほど生々しい」と現在の心境を告白。
「もう辞めようかなと。あの内容であの負けじゃない?あの内容であの負けしたヤツが、どのツラ下げてリングで戦いをする仕事をこれから続けられるのか。こんな恥ずかしいことはないんで、引退するしかない、道は」と、当時は引退を考えたことを打ち明けた。
ちょうど1年後の再戦では攻勢に出る場面も作ったが、1ラウンド9分30秒、同じく腕ひしぎで敗れた。
高田はヒクソンに「ただ者じゃない。匠(たくみ)の中の匠っていうかな。国宝級の心技体、強さを持ったのがヒクソン・グレイシーじゃないかな」と最大級の敬意を払い、「彼の素晴らしさっていうのを体で実感できたってことと、心の持ち方でリングに向かう思いとか気持ちとか準備とか、同じ相手とやるにしても、全く自分のエンジンのかかりとか勢い、推進力というのは変わってくる。これが実体験できたのは大きな財産というか、収穫になりましたね」と、敗北で得たものの大きさを語っていた。