世界６階級を制したマニー・パッキャオ（３９）＝フィリピン＝が７回ＴＫＯで、ＷＢＡ世界ウエルター級王者ルーカス・マティセ（３５）＝アルゼンチン＝を沈め、鮮やかな復活を遂げたマレーシアでのボクシング興行。１５日にクアラルンプールのアシアタ・アリーナで開催されたこのイベントには４つの世界戦を含む計１１試合、１４カ国２２人のボクサーが登場した。この中に日本からただ一人、参戦した選手がいた。

　ストロング小林佑樹。六島ジム所属の東洋太平洋バンタム級９位にランクされる２６歳。第９試合・バンタム級８回戦に登場した小林は、パッキャオ率いるＭＰプロモーションズ期待の新鋭ビンセント・アストロラビオ（２１）＝フィリピン＝と拳を交えた。圧倒的不利の予想の中、相手の強打に臆することなく堂々と渡り合い、２度倒して４回ＴＫＯ勝ち。価値ある勝利を飾り、パッキャオ復活勝利の余韻に浸る会場のフィリピン人ファンを沈黙させ、日本ボクシングの意地を示した。

　小林にとって今回が３回目の海外での試合。そして三度目の正直でもあった。「勇気ある挑戦」、「海外で勝てるボクサーの育成」を掲げる六島ジムの枝川孝会長は積極的に海外遠征を行っており、そこで広げた人脈から今回のイベントにも参戦オファーが届いた。

　しかし小林はこの話を一度断っている。「二度負けているので海外はもういいかと」。初の海外戦となった２０１６年１１月、韓国での金藝俊（韓国）とのＩＢＦアジア・スーパーバンタム級戦は判定負け。１７年３月、香港でのレイ・ミグリノ（フィリピン）戦では初回２３秒ＫＯ負けの屈辱を味わった。だが「マニー・パッキャオの前座やぞ。断るヤツがどこにおるんや」とチーフトレーナーの武市晃輔氏に一喝されて目が覚めた。相手陣営が小林を踏み台にしようとしていることは百も承知。「絶対に勝つ」と覚悟を決めての参戦だった。枝川会長は、この試合に向けて武市氏と新たにコンビを組ませ、鍛え上げるよう指令。会長自身は対戦相手の情報収集に励んだ。

　米国の放送局に合わせたスケジュールで進められたこの興行。現地時間、早朝７時（日本時間８時）に始まり、世界戦の１試合目が８時という異例の時間帯となった。パッキャオ戦の１１時ゴングという時間は固定のため、小林の試合はメインイベント後に行われることになった。その順番も、当日を迎えても二転、三転する。早朝からスタンバイし、開始時間もはっきりしない集中しづらい環境でも、動揺することはなかった。「海外はこういうもん」とこれまでの経験から学んでいた。初めて使うナックルの薄いフィリピン製のグローブも「当たれば効かせることができる」と自分に有利だと考えた。

　メインイベントから３試合目、観客も随分減った会場にザ・ブルーハーツの「終わらない歌」が流れ、小林が登場する。対戦相手はパッキャオ門下とあり、やはりパンチは強く、「二度か三度効かされた」と２回までは劣勢だった。しかし３回に流れが変わる。枝川会長が弱点と見抜いていたボディーにパンチを集めて勝機を見出すと、４回に相手のガードが下がったところで右フック一撃。小林が奪ったダウンに会場に残っていたフィリピン人ファンから悲鳴が上がる。再開後、一気に仕留めにかかり、左右の連打で２度目のダウンを奪うと、レフェリーは試合を止めた。

　喜びすぎて、飛び乗ろうとしたコーナーポストでは足を踏み外して落下しかけたが、果敢なファイトで現地のファンに与えた印象は小さくなかった。会場を出ようとする小林の元へファンが殺到し、写真撮影をせがむ。「これほど気持ちのいい試合はない。海外でやって良かったです。会長、トレーナー、応援してくれた人のおかげ。こんなに写真頼まれたの初めてです」。会心のＫＯ勝ちに笑顔で応じた。

　地元のジムでデビューしたが、選手数は少なく、スパーリング相手もいなかった。出げいこで向かった六島ジムでのスパーで倒された。「こういう環境でないと強くなれない」と１４年１月に移籍。移籍初戦で日本ランカーに勝ち、往年のプロレスラーをもじったリングネームを与えられた。六島ジム恒例のリングネームが付いたことで、ジムの一員となった喜びもあった。しかし劣勢に陥るとセコンドの指示が耳に入らなくなる欠点があり、１５年大みそかの東洋太平洋王座初挑戦では２回ＴＫＯで惨敗。海外での試合でも勝てなかった。

　移籍から４年半、飛躍のきっかけとなる勝利をようやく掴んだ。「東洋ランキングに入っているので、まずは東洋王座を目指したい」。クアラルンプールで得た自信を胸に、次なる目標に向かう。