【井上尚弥-長谷川穂積氏対談1】(パヤノ戦)1秒の間に何コマも出てきた
デイリースポーツ・ボクシング評論「拳心論」で健筆をふるう元3階級制覇王者の長谷川穂積氏(38)が、WBA世界バンタム級王者、井上尚弥(25)=大橋=と新春対談を行った。井上は、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)の初戦(10月7日・横浜アリーナ)で元WBA世界バンタムスーパー級王者のフアンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を1回1分10秒KOで瞬殺。世界戦7連続、同11度目のKO勝利、同最速勝利と記録を次々と塗り替えた。今年は米国へ羽ばたく青写真の“モンスター”。その素顔に、親交の深い長谷川氏が迫った。以下は対談その1。
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井上尚弥(以下、井上)「前から聞きたかったんですけど、計量後に天一(天下一品のラーメン)食べるって本当ですか?」
長谷川穂積(以下、長谷川)「“こってり”食べてたよ」
井上「めちゃめちゃ(胃腸が)強いっすね。僕は炭水化物、柔らかいおかゆとか」
長谷川「ハンバーグ食べてカレー食べて、天下一品食べて天津飯を持ち帰りして、翌日3時には試合に」
井上「……」
長谷川「初めて話したのは3年前?」
井上「座間で試合した頃(16年9月のV3戦)です。腰を壊してモチベーションの保ち方とか練習に対する気持ちとかいろいろあったので、長谷川さんに聞きたいなって紹介していただいて。話をできたということが自分の中で大きかったですね。自分が長谷川さんのバンタム級時代を見ていたのは小学校くらいなので」
長谷川「小学校って、すごいな。減量のこととかモチベーションのことをしゃべったような気がする」
井上「モチベーションを保つためには自分の納得する相手とやりたいと思いました。今回、WBSSトーナメントに出させてくださいと会長に頼んだのもそうです」
長谷川「同じ練習するなら、相手は強い方がいいよね」
井上「そうしないとファンも離れてしまいます。見ている人はわかってますから」
長谷川「今まで誰が一番強かった?」
井上「判定までいったのは田口(良一)さん(日本ライトフライ級王座戦)とスーパーフライ級のV2戦のカルモナですが、あの時は手を壊したりして。ただ、ヒヤヒヤした試合がないんですよ。ヤベえって試合が」
長谷川「井上尚弥という選手の優れているところはそこだと思う。試合で危ないってことがない。ビッグパンチをもらったことがない。世界と戦っているのに考えられないこと。スピードもテクニックもすごいけど、まずポカがない。それが一番すごい」
WBSS初戦のパヤノ戦は、たった70秒で一撃必殺だった。
長谷川「あの試合は“ゾーン”に入っていたよね」
井上「あの瞬間は秒数が流れているけど、1秒の間に何コマも出てきた感じです。ジャブで踏み込んだ瞬間に(右が)当たるってわかったし。スローに感じる感覚でした」
長谷川「う~ん、わかんない(笑)。ウィラポンを2回目に倒した時に、スローで倒れていったのは覚えているけど、それは倒した後のことで、そこまではあまり覚えていない。(井上は)天才なんやろな。危険回避能力が優れてて自分の空間を完全にわかっている。足がめっちゃ速いから、相手からすると届かないという距離でも踏み込みで届く。逆に相手が届くかなという距離も、テクニックでも足でもかわす」
井上「まず自分のパンチが当たる距離。自分のパンチが当たるということは相手のパンチも当たる。そこで距離を測ってあとは足で外す感じです」
長谷川「立ち上がりの防御は?」
井上「完全に足です。とりあえず触らせない。角度やタイミングって映像で見てても向かい合わないとわからない。(数十秒で)わかるときはわかります。パヤノは触っていたら強そうだなと。自分がバックステップで外してもボディーをかすめてきて、意外と踏み込みがあるなという印象でした。どう崩していこうかなと思って、強引に入っていった時に右アッパーを合わせたんです。当たらなかったけど、それで(パヤノは)ちょっと動きを抑えたんです。自分の勘ですけど」
長谷川「僕はあれを1ラウンドからはできなかった。(左構えに対して右の井上がセオリーの外回りではなく)内から入った。(相手のパンチを)もらったら効くでしょう。試合終わってすぐに控室に行って聞いたもんね。インから踏み込んで打つの、1ラウンド目から怖くない?って。でも『大丈夫でした』って言ってた」
井上「恐怖感はなかったですね。人ってちょっとした気の緩みってありますよね。3分間ずっと集中はできない。その瞬間がなんとなくわかるんです。目とか呼吸の仕方。今は警戒している、今は合わせられるとか」
長谷川「(ジャブなどで)ネタふりしてるんですよね。(相手は)来んのかい、来んのかい、来うへんのか~い!って。僕、You Tubeでめっちゃ井上君の動画を見てる。単純に技術が面白いから。自分がこういう戦い方をしたいという動きをそのまましている。タイミング、ジャブの出し方、角度、パンチ、ロープにつまった時のテクニック、ガード下げたりして遊ぶ時の戦い方もうまい。スパーでできても普通は試合でできないのに、試合でそれ以上のことをやっているんだからそりゃ強い。試合では、セコンドの助言と自分の感性とどっちを大事にするの?」
井上「セコンドから言われるのは集中力とポジションがメインで、相手とのやりとりは自分の感性です」
長谷川「感性かあ」(2に続く)