ジャンボ鶴田さん命日 ネットに「オー!」あふれる 小橋建太も「皆の心に生きている」
プロレスラーのジャンボ鶴田さんが00年5月13日に亡くなって19年。ツイッターでは、鶴田さんの命日にプロレスラー、関係者、ファンから追悼の投稿が相次いだ。
鶴田さんの後輩となる小橋建太は「僕は約30年のインタビューで『将来、どんなプロレスラーになりたいですか?』と聞かれ『ジャンボ鶴田さん+天龍さんのようなプロレスラーになりたい』と答えた事を覚えてます」と振り返り「鶴田さんの懐の深いダイナミックなプロレス。今でもファンのみんなの心の中で生きている」とつぶやいた。
全日本プロレス社長兼レスラーの秋山準もこの日行われる試合の告知をつぶやき、最後に「オー!」と鶴田さんの代名詞でもあるかけ声を記し、ハッシュタグに「ジャンボ鶴田」と記した。
大のプロレスファンでもあるタレントのビビる大木もツイッターで「若大将・ジャンボ鶴田!!!強かったな~!!」と投稿した。
一般のファンからも「#ジャンボ鶴田追悼」で「ツールータ、オー」「オー!オー!オー!」「オー!勇姿は永遠に」などの声が続々。19年経った今も、「オー!」があふれていた。
鶴田さんは中大時代にレスリングでミュンヘン五輪に出場。その後、ジャイアント馬場さんに見いだされ、72年に全日本プロレスに入団。才能を存分に発揮し初代三冠ヘビー級王者となり人気、実力とも不動の地位を獲得。試合後にコーナーポストに上り「オー!オー!」とファンと雄たけびを上げるのが代名詞となった。だが92年に肝炎を発症し闘病。その後肝炎が悪化し、00年に49歳の若さで亡くなった。