教員免許取得の元世界王者が現役を続行する理由 高山勝成が歩む波乱万丈のボクサー人生
大阪府の高校教員免許(公民)を取得したボクシングのミニマム級元世界主要4団体王者、高山勝成(39)=石田=が25日までにデイリースポーツの取材に応じ、“教育者”として1時間、熱弁を振るった。前人未到の道を切り開いてきた“小さな巨人”の原動力には、元世界ヘビー級王者マイク・タイソン(56)の言葉があった。6月11日には40歳で2年ぶり再起戦に臨む。来年以降に教壇に立つ夢に加え、悲願の世界2階級制覇へ「やり抜く力」と“高山先生”は強調した。
高山ほど破天荒なボクサーはいない。2009年、JBC(日本ボクシングコミッション)を脱退。世界を転戦し、当時JBC未公認のIBF王座を奪取した。日本初の4団体制覇の後は30歳で高校生になった。アマチュアに転向し、東京五輪を目指し、今度は高校教師になる。
「困難な道?それが楽しい。探検家。誰も見たことのない景色を見たいし、まだ見たいんです」。童顔の39歳は目をぎらつかせる。
不可能などない。そう確信させてくれたのがタイソン。16年5月のIBF総会に参加した際、知人を通じ、「王者で居続ける秘けつ」を聞くと「何があっても、何が起ころうとも、自分を信じること」と答えてくれた。
スーパースターの金言に感激した。「タイソンはキャリアの中盤からリング外でトラブルもあった。それを経験してきたからこその言葉。その言葉は精神的な支えになっている」。睡眠時間を削り、教職課程の猛勉強は必ず報われると自身を信じた。
教師を志したのは現役世界王者として過ごした高校生活が大きい。15歳も下の野球部、サッカー部の同級生らと打ち解けたが、どこか「淡泊」に感じた。「すぐにあきらめる子とか、負ける前提で闘っていたり」。世界を舞台に挑戦してきた高山はもっと執着心を持ってほしかった。
「自分自身、何か子供たちに伝えられる。そう思った時に教員を選んだ」と言うのが動機。理想の先生像は「金八先生」と即答し、「学生にまねしてもらえるような先生がいい。いじられるというか」と、生徒と距離が近い先生を描く。
昨年9月、名古屋市の母校・菊華高で教育実習を行った。「高山先生」と呼ばれた時は「気が引き締まる思いだった」と言う。
初の授業で心がけたのは「学生らと同じ目線」。授業中、質問に答えられない時があった。「その生徒には『宿題をくれてありがとう。先生、次までに調べておくから』と答えた。そういうリターンジャブ。中途半端な知識で答えるとばれてしまう。表情とか言葉とか、子供は勘が鋭い。同じ目線を心がけた」と信頼をつかんだ。
50分の授業も技術がいる。「導入、展開、まとめの3つ。ボクシングと似ていて心理戦。お笑い芸人さんの話で生徒を引き付けたり。知ってほしいところはインファイトでこじあける。最後11、12ラウンドはまとめ。50分でしっかり終わらせた時は先生方にも褒められた」と、時間感覚はさすが歴戦の王者だ。
リングと違い、授業の相手は40人。「生徒一人一人、黒板に書きながら観察しないといけない。体調が悪くなっていないか、ノートを取っているかとか」と教師は責任が重い。
教師として伝えたいのは昨年の教職課程の模擬授業でも用いたアンジェラ・ダックワース著「GRIT(グリット)」の思考方法だ。「やり抜く力の意味。これは俺のことだと思った。根性論は今の子たちは嫌がるけど、自分が成し遂げたい時には不可欠。僕もあきらめが悪い。往生際も悪い」
その不屈の魂をリングでも見せる。不惑で臨む2年ぶり再起戦(6月11日、KBS京都ホール)はジョエル・リノ(フィリピン)とライトフライ級8回戦を予定する。
21年には米国で世界2階級制覇を狙い、WBO世界ライトフライ級王座に挑み9回TKOで敗れた。「止まった時計の針を動かす」とまずは世界王座奪還が第一。教壇に立つのは来年以降になる。
「世界タイトルに返り咲いたら、授業を受けてくれた生徒や、今、25、26歳の一緒に学んだ子が何かを感じてくれる。勝ちゃんまだやってるの?と。俺も私も負けてられないと思ってくれたら」と、同級生や教え子の顔を思い浮かべ奮い立つ。
「40歳にして、チャレンジは勝つにしても負けるにしても自分自身が教材」。高山先生の生きざまこそが、最高の教科書なのだ。
◆高山勝成(たかやま・かつなり)1983年5月12日、大阪市出身。鶴橋中2年時にボクシングを始める。中学卒業後、高校に進学せず、17歳でプロデビュー。世界ミニマム級でWBC、WBA暫定、IBF、WBOの主要4団体を日本選手で初制覇。プロ戦績は42戦32勝(12KO)9敗1無効試合。愛称「ライトニングK」。身長158センチ、右ボクサーファイター。血液型B、独身。
◆学校教師プロボクサー 元WBO女子世界スーパーフライ級王者・奥田朋子(堺春木、奪取時はミツキ)は王座奪取時には現役の高校保健体育教師。元近大ボクシング部監督の浅井大貴(アポロ)は大商大堺高の国語教師だった20年にプロ転向。谷口陽祐(奈良)は小学校の現役先生として活躍した。元東洋太平洋王者の石原英康は引退後に岐阜・中京高の教員に転身し、東京五輪銅メダルの田中亮明・元世界3階級制覇の恒成兄弟を育成した。