元市原・森崎氏、戦力外の理由は「ヤジ」TVで明かす 城氏見て再びサッカー界へ
元Jリーガーの森崎嘉之氏(42)が18日、TBS系「消えた天才」に出演。市立船橋高3年時の第73回全国高校サッカー選手権で優勝、得点王に輝き、将来を嘱望されながらJリーグ市原(現・千葉)に入団したものの、わずか2年で戦力外通告を受けた理由について、ヤジに耐えられなくなり、サッカーへの情熱を失ったからだと明かした。
森崎氏は1994年度の高校選手権で8得点を挙げて得点王に輝き、優勝に貢献。帝京との決勝戦ではハットトリックの離れ業を成し遂げた。「市船史上ナンバー1エースストライカー」と関係者は口をそろえる。
将来の日本代表入りを期待されながら市原に入団したが、リーグ戦出場なし。森崎氏は千葉の自宅でその理由を語る。入団後の練習で、個人技で難易度の高いゴールを決めたところ「なぜパスをしない。自分勝手なプレーをするな」と叱られた。思い通りのプレーを許された高校時代と違い、将棋の駒のようだと感じ、サッカーへの楽しさを持てなくなった。
規律を求められるプロでのサッカーになじめず、試合には起用されない。入団前の期待が大きかった分、サポーターからのヤジは大きく「やりづらくなった。サッカーの面白さ、楽しさがモチベーションだったのに、モチベーションが完全になくなった」という。連日、六本木での夜遊びでストレスを発散し、戦力外通告となった。
その後は中古車販売会社に就職し、サッカーと関わらない生活を送っていた。それが再び変化するのが日本がW杯初出場を決めた1998年のフランス大会。3戦全敗で帰国した日本代表への失望は大きく、帰国時の空港でエースFW城彰二がサポーターに水をかけられるという事件が発生した。
森崎氏が衝撃を受けたのは直後の城の会見だった。市原時代の先輩は「まだまだ自分には力が足りなかった。だけどこのまま終わりたくない。自分が一番悔しいんで」と4年後の雪辱を口にした。
会見を見た森崎氏は「日の丸を背負って結果を出せず、すげえプレッシャーの中で…。自分も似たような経験しましたけど、なんて小さなことで悩んでいるんだ」と目が覚めた。
現在は千葉でサッカースクールの代表を務める。「自分にしか伝えられないことがある。後悔しないこと。サッカーは楽しいという気持ちを持ち続けられるように伝えていきたい」と話した。