ミラン番記者が語る「ザックは日本人」
サッカー日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督(61)は2010年8月に代表監督に就任するまで、母国イタリアで数々の名門クラブを率いた。その中の一つが、1998‐99年シーズンから、2000‐01年シーズンまで指揮を執ったACミランだ。イタリアのスポーツ紙「コリエレ・デロ・スポルト」で28年間、ACミランを担当しているフリオ・フェデーレ記者(55)が4日までに、ザッケローニ監督にまつわる隠された一面を語った。
ACミラン一筋のフェデーレ記者は、28年間、名門クラブを見つめてきた。ザッケローニ監督については、誠実な人柄が多くの人を魅了し、愛されてきたと語る。成功してもおごることなく、規則正しい生活を好み、秩序を大切にするところは、日本にぴったりだと証言した。
「ザックはウディネーゼでプロジェクトの中心となり、欧州のカップ戦へ出場させたからね。温和な人柄と謙虚さは、サッカーファンだけでなくウディネの市の人たちからも支持を得た。その功績でミランの監督に抜てきされたんだ」
ザッケローニ監督は95年から98年までウディネーゼを率いた。97‐98シーズンは3位に食い込み、欧州連盟(UEFA)カップ出場へ導いた。そして翌シーズン、ACミランの監督に就任した。
「就任1年目でスクデット(優勝)を獲得するなど、手腕を評価された。ウディネーゼ時代に生まれたザックのファンクラブは、ミランへ移った後も存続したんだ。ミラノでもファンクラブは発足したよ。多い時で2つのクラブの会員は合わせて1000人近くいた。監督でありながら、同時に2つのファンクラブがあったなんて、極めて珍しい現象だよ」。人間性が多くの人を虜(とりこ)にしたエピソードだ。
一般的なイタリア人のイメージとは異なり、日本人に近い性格の持ち主だと強調する。
「とても慎重で、目的に向かって物事をやり遂げる。それがザックなんだ。規律を重視し、穏やかな性格という意味で典型的なイタリア人ではない。規則正しい生活と人生を送ることを好むんだ。外見もちょっと日本人ぽいから(笑)」
日本に適応していることに、フェデーレ記者はうなずく。そして、今一度、ACミランの指揮を執っていたころを述懐した。
「私たちジャーナリストが自宅に招待されたことがあった。夫人も子どもたちも慎み深くてね。教養があり、物事が正確に運ぶ日本を気に入っているのは間違いない。なじんでいるのも分かるよ。言葉は通じなくてもカリスマ性が言語を超えて、選手たちに伝わるはずだからね」
ザッケローニ監督の性格は、名門クラブでも変わらなかった。「もちろん、マスコミと議論になったことはある。イタリアのサッカーは結果がすべてなんだ。質問に対して不快感をあらわにしたり、皮肉を口にしたこともある。でも、攻撃的なコメントや態度は一切なかった。できるだけ、われわれやファンの要求に応えようとしていた。それだけは間違いない」
貫いてきた真摯(しんし)な姿勢は、W杯という大舞台でも変わらないだろう。