地震で招き猫が現れた! 落ちないはずの石が落ちて南阿蘇のパワスポに
阿蘇・南外輪山の岩山の割れ目(標高約700メートル)に挟まり、“落ちそうで落ちない石”と言われてきた奇石「免の石」が昨年4月の熊本地震で落下してしまった。年間千人以上が訪れる観光名所だったため、地域の人たちは落胆したが、落下した石はほぼ無傷。さらに落ちた後の割れ目はなんと猫の形に!そこで村の人たちは“身代りに落ちてくれた石”“招き猫の空洞“として新たに売り出すことにし、昨秋から登山ルートを再整備。観光名所を復活させた。
昨年4月の熊本地震で震度7の激震に襲われ、阿蘇大橋が崩落するなど甚大な被害に見舞われた熊本県南阿蘇村。南外輪山の割れ目に挟まり、“落ちそうで落ちない石”として人気だった「免の石」も大地震には耐えられなかった。
免の石は縦約3メートル、横約2メートル、周囲約6メートル。重さは約5トンにもなる。地元では「竜が産み落とした卵」と伝えられ、地震前は特に受験生や就職活動中の人たちなどが、その様にあやかろうと合格祈願などに訪れていた。また、岩と岩をつないでいたため、縁結びなどのご利益があるとも言われてきた。
「おそらく数万年前からあそこの割れ目にずっと引っかかっていたですたいね」。免の石へ向かう登山口にある「免の石望見所(鳥の小塚公園)」(標高548メートル)で、登山ガイドの柏田勲さん(77)は、遠くに見える山上の割れ目を指さした。石は昨年4月16日の本震で落下したという。
5月半ば、記者は落ちた免の石を実際に見に行ってみることに。石が引っかかっていた山上の空洞まで行くには、登山口から約1時間のトレッキングを要する。私有地を通るため、入山には、みなみあそ村観光協会への事前申し込み、ガイドの同伴(有料)が必要だ。
元自衛隊員で、現在は九州各地の山岳ガイドをしている柏田さんとともに、いざ出発。登山口から舗装された山道を15分ほど登ると、柏田さんが足を止めた。「さあ、ここからはいよいよ山の奥に入っていきます。3点支持の原則を忘れないように」。見れば、沢に沿ったゴツゴツした岩場があり、そこを登っていくという。3点支持とは両手足(=4点)のうち必ず3点を地面や岩などに接しながら進むこと。「まむしもいるから足元には気をつけて!」。大雨で倒れた木々をよけながら、ゴツゴツした険しい岩場を一歩ずつゆっくりよじ登っていく。
「こけむす巨石、原生林の巨木。ここは1500~2000メートル級の山の9合目のような光景がいきなり現れるんです。途中にはミニロッククライミングなど、ちょっとしたアスレチックが楽しめる場所も作ってあるので、冒険好きの子どもは大喜びですよ」とほほえむ柏田さん。50歳を超えた記者には、体力的にかなりきつかったが、1時間ほどでようやく落下した免の石にたどり着いた。
何万年も岩壁の間に挟まっていた奇石は、空洞へと登る鉄階段をこすり、真下にあった木をなぎ倒しながら50メートルほど下まで転がり落ちて、登山道のすぐそばのヒノキや岩にひっかかって止まっていた。「本震の翌朝、落ちたのを知り、初めてここに見に来たのは4月22日。ショックでしたね」と柏田さんは顔を曇らせた。
というのも、村では10年ほど前から石を見に行けるようにと登山道を整備。入山客は年に200人ほどのペースで増え、一昨年度は年間千人以上が訪れる観光名所になっていたからだ。柏田さんはじめ地域の人たちは「人気のパワースポットだったのに、これで訪れる人は減ってしまう…」と肩を落とした。
しかし、村の人たちは逆境にもくじけなかった。「よく見たら、50メートルも転がり落ちたのに、石は表面がちょっとかけてるくらいでほとんど無傷でした。それで、受験生や就職する人の身代わりになって落ちてくれたんじゃないかと」。
さらに、石が落ちてなくなった空洞には、猫の形が現れた。「前から石は『猫の鈴のようだ』と言われていましたが、鈴の部分が落っこちて、猫だけになった。目の前に広がる阿蘇五岳を眺めているようで、これは招き猫の空洞だと」。
村の人たちの間でそう話し合い、石が落ちたことを逆手にとって「身代わりの石」「招き猫の空洞」として売り出すことにした。昨年10月から、倒木の伐採、木製階段の修繕などを行い、今年3月、免の石へのトレッキング再開にこぎつけた。
その間、柏田さん自身も、作業中に倒木が重みでずり落ち、体に当たってはね飛ばされるなど、2度も危険な目にあったそうだが、「無事だったのはきっとこの石のおかげ」と振り返る。
「こんな巨大な石が谷底深くに砕け落ちることなく、偶然にもこうして登山道の近くにほぼ無傷でとどまったのは奇跡だと思います。そんな強いパワーを持つ石を、今度は直接触れられるようになりましたし、猫の形はこれからたくさんの福を呼びこんでくれそうです」と柏田さんは期待を込める。
トレッキングコースは免の石往復だけでなく、南外輪山周遊コースもある。雄大な阿蘇の絶景を楽しみながら、新たな魅力を秘めたパワースポットのエネルギーに包まれてみては。(デイリースポーツ特約記者・西松宏)