築地市場の“いい顔オヤジ”はブルースシンガーだった~築地の異色写真集ヒット中
師走に入った。全国各地の市場がより活気づく季節の到来だ。移転問題に揺れる東京・築地市場も例外ではない。観光、買い物、グルメのスポットとして国内外からの来場者で連日にぎわっているが、そこで働く人たちに接する機会は少ない。今年9月発売の写真集「築地魚河岸ブルース」(東京キララ社)がヒットしているフリーカメラマン・沼田学さん(44)に現場の魅力を聞き、さらに被写体となった男性の“もう一つの顔”を追った。
魚市場なのに、サカナではなく、オヤジの顔ばかりが並ぶ写真集-。クラウドファンディングも立ち上げて出版にこぎ着けると、魚ならぬ、目からウロコの切り口で、SNSから火がついて重版。この10~11月にかけては全国紙や地方紙、テレビ、ラジオでも次々に紹介されてきた。
築地市場に買い出しに行く飲食店経営の友人に誘われたのがきっかけだった。北海道から上京して20数年。初めて足を運んだ。琴線に触れた。本格的に撮りだしたのは昨年6月頃。それまでの約1年間は市場の人たちに認められる関係作りに時間を割いた。「顔じゃない」と思われている間は、顔を撮れない。
仕事の邪魔だと怒られて、試行錯誤の日もあった。ストロボの位置を考え、市場のギリギリ外から中を定点観測的に撮る場所を見つけた。いい写真が撮れるとラミネート加工して本人にプレゼント。「あいつ、毎日いるし、写真くれるし、頑張ってんな」。そう認められるようになった頃、ターレー(小型運搬車)を運転して市場を走る人を撮っていた。
「撮影の時間帯は朝8~10時。お客さんが買った魚をターレーの荷台に積み、時速15キロくらいで配送業者や近所の店に持って行く。運び屋さんの仕事です。この人たちはセリをやってる仲卸の人と違って花形の仕事ではない。しゃべると普通の人です。普通の人はかっこいい。すぐ近くに大切なものはあるんだと。(移転問題など)政治的な意図は全然ないですね。たまたま、そこが話題の場所であったというだけで。市場らしい所にはあまり興味がないというか。やっぱり『人』です」
ページを繰り、のべ150人以上の顔を見る。名前も経歴も記されていない人物の顔から“わけあり”な過去も浮かんでくる。もちろん、こちらの勝手な想像であって、実は堅実に生きてこられた人かもしれないし、逆にその想像をはるかに上回る壮絶な人生があったのかもしれない。
その中でも引きつけられた人物は表紙を飾った男性だ。実は「MAKI」というブルースシンガーで、今年、66歳にして「築地フィッシュマーケットブルーズ」という4曲入りのミニアルバムでCDデビューしていた。
MAKIさんのライブに足を運んだ。高円寺の老舗ライブハウス。開演時間はライフスタイルに合わせた午後1時半だ。「“人よりも魚が大切な街”ってイヤになっちゃうんだけど、その街にまた行くんだな」「俺は別にさ、有名にはなりたくないわけよ。でも、有名な曲を書きたいという欲望はあるんです」…。MCにも1970年代初頭から歌い続けてきた矜持(きょうじ)と年輪を感じた。
ライブを終え、MAKIさんはビールをグラスで立て続けに2杯、喉に流し込んだ。午後3時の“晩酌”だ。夕方には帰宅して就寝。夜中に起きて自転車で出勤し、午前1時40分から昼の12時半頃まで働く。それが築地で働いて35年という、MAKIさんの日常だ。
ライブ会場には沼田さんの姿もあった。「今も築地に行ってます。普通に付き合える人とは普通に付き合って。朝飯食いに行ったり。単純に好きというか、面白いというか。この人たちに会いたいですしね」。2作目は特に考えていないというが、「別の展開になれば自分的には面白いかな」とも。師走の朝、きょうもターレーは築地市場を駆け回る。(デイリースポーツ・北村泰介)