築地場外市場の90歳名物ママが引退…雑煮名物の「喫茶マコ」で57年
築地市場の豊洲移転問題が揺れている中、築地場外市場は連日、国内外の観光客でにぎわっている。雑然とした“昭和”のたたずまいは健在だ。その地で、57年間に渡って愛された喫茶店の90歳になる名物ママが5月、ひっそりと引退した。
海鮮丼の店などが並ぶ場外の細い路地を入り、ビルの階段を2階に上がると、真っ赤なガラスの中央に「マコ」と縦書きされたドアがあった。「場外市場の喫茶店第1号」として知られ、1961年3月に開店した「喫茶マコ」である。高度経済成長期から市場と共に生きた店主・マコさん(仮名)の引退情報を耳にし、GW明けの昼下がりに訪れた。
清潔でパリパリの白いヘッドカバーが付けられたイスに座る。喫茶店だが、名物は「特製とり雑煮」。コーヒー付きで900円だ。餅が2つ、鶏肉、しいたけ、タケノコなどの具が大きな器に入っている。注文すると、「1人で全部やってるから、時間かかりますよ」と念押しされた。
言葉の端々に関西のイントネーション。「あら、分かりましたか。私、京都なんですよ。洋服やハンドバッグは神戸の元町までよく買いに行ったわ。東京に来て60年くらい。昭和2年生まれの90歳と5カ月です。店で若い人たちと同じ目線でしゃべるから年を意識しないの。でも家に帰ると普通のおばあちゃん。不思議なもんですよ、人間の感覚って」
孫世代の女性客がスマホを向けた。気さくに応じて記念撮影。会話も弾む。「ネットに私の情報が出てるみたいで、それを読んだ若い人が来られてね。本当は移転まで頑張りたかったの。でも体がもたなくて。57年間、頑張ってきたけど、高齢者でもありますしね」
築地市場で働く人たちの変遷も聞いた。
「昭和一桁生まれの私がまだ若い頃、中でセリをやってる明治、大正生まれの人たちは一仕事終えたら、朝はこういう所に来て体を温めて、ちょっと何か腹の中に入れて帰った。夜中に起きて、冬は体が冷え切ってるからね。でも今はコンピューターの時代ですから、そんな暇はないの。仕事を終えたら、さっと事務所に帰られます。それと入れ違いで素人さんが入ってくるようになって地図が塗り替えられた。そういう時代ですよ。私も年をとって開店時間を遅らせて11時にして、その次は引退。そんな塩梅(あんばい)です」
アイスコーヒーは「甘いの」と「甘くないの」の2種類。「甘いの」を頼むと、あらかじめガムシロップが投入された一杯が出て来た。今後、店やメニューが残っても、その味は唯一無二だ。「食べ物もコーヒーも作り手が変わると(素材やレシピが同じでも)味が変わりますから」。別れを惜しんで「また来ます」という来店客に、マコさんはこう言い残した。「さよならは一人1回でいいの」
(デイリースポーツ・北村泰介)