全文読まなくても書ける!?感想文の書き方~米国小説と小津映画に登場する看板
8月も半ばを過ぎた。夏休みも残り少なく、未消化の課題に対する焦りが出てくる時期だろう。その一つが読書感想文。ヤフー検索の調べによると、今の時期に「感想文の書き方」についての関連ワードを検索するユーザーが増えるという。限られた時間の中、効率よく、独自の切り口で書く方法を試みた。
じっくりと行間まで吟味しながら読む時間がない時は「脱・物語」という切り口はどうだろう。ストーリーにこだわらず、象徴的な事象にフォーカスするのだ。斜め読みでも何とかなる。一見して何の関係もないような別ジャンルの事象とリンクさせ、複眼的な視線もアピールしてみる。
では実践だ。2006年に出版されたスコット・フィッツジェラルド作、村上春樹翻訳の「グレート・ギャツビー」(中央公論新社)をサンプルにしてみよう。表紙にイラストで描かれた「眼鏡の看板」に焦点を当てた。
「T.J.エクルバーグ博士の眼鏡の看板です。“神”のような存在で、その目は『あなたたちを見てるよ』という」。そう説明するのは都内でイベントスペース「エムズ・カンティーナ」を営む寺澤祐貴さん。プロデュースする弦楽四重奏団「モーメント・ストリングカルテット」の小津映画音楽コンサートを東京や神戸で開催した同氏は、小津安二郎監督の映画「東京暮色」に登場する看板との類似性を指摘した。
そう、これが先述した“別ジャンルとのリンク”だ。「東京暮色」では有馬稲子が登場する場面に絡んで「金鳳堂眼鏡店」という看板が2度出てくるのだが、そのデザインが小説とほぼ同じなのだ。
寺澤さんは、小津監督が小説か映画化作品に影響を受けたのではと指摘。映画化された過去4本のうち、日本で50年に公開された米映画「暗黒街の巨頭」に該当するとしつつ、「50年代に小津監督が通っていたとされる銀座の老舗バー『ルパン』に原作を翻訳した坂口安吾氏も通っていたようなので、その頃に翻訳本を読まれた可能性も」と推測した。
一方、有馬との共著「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」(筑摩書房)を今夏出版した映画評論家で監督の樋口尚文氏は「最初の邦訳が昭和25年頃なので、おそらくそれを意識したハイカラな広告や看板をこの眼鏡店が作ったのでは。それを気に入った小津監督が不思議なアイコンとして実際の看板を模したものを配置したものと思います」と分析した。
「東京暮色」の音楽を担当した作曲家・斎藤高順氏の次男・民夫氏は「作品にはメガネをかけた登場人物がたくさん登場します。本物志向の小津監督は高級メガネの老舗である金鳳堂に協力を要請し、その見返りとして映画に金鳳堂と書いてある看板を登場させたと考えると合点がいきます」と私見を述べた。
以上が感想文を書くに当たって参考となる証言だ。物語には登場人物の運命をふかんする絶対的な視点が象徴的に描かれる。米国の小説である同作では「眼鏡の看板」になるわけだが、同様の看板が日本映画にも出現していたことから、表現はジャンルや国境を超えてシンクロする-という締めでどうだろう。
こうした結論に至るまでの検証は手間が掛かる-というならば、やはり正攻法で書くことをお勧めします。(デイリースポーツ・北村泰介)