九州温泉ねこめぐり第4回 熊本・わいた温泉郷…秘湯の看板ねこシロ
熊本と大分の県境にあり、「小国富士」とも呼ばれる標高1500メートルの湧蓋(わいた)山。その麓に広がるわいた温泉郷、岳の湯温泉にある「豊礼(ほうれい)の湯・豊礼の宿」は、全国的にも珍しいホワイトブルーの湯が自慢。ドライブがてら気軽に立ち寄ることができ、宿泊施設も兼ね備える。温泉の受付窓口では、代表取締役社長の廣瀬勝(まさる)さん(54)、睦子さん(54)夫婦の飼い猫でクリーム柄のシロ(オス、推定9歳)が客を出迎えている。
なだらかな円すい形が富士山のように美しい湧蓋山の麓にある、熊本県阿蘇郡小国町の「豊礼の湯・豊礼の宿」。100%天然自噴温泉で、お湯は白と青色の絵の具をかき混ぜたようなホワイトブルー。湯に含まれるシリカ(二酸化ケイ素)という成分が時間とともに結晶化し、光が散乱して青く見えるという。「青湯」とも呼ばれ、全国的にも希少な秘湯だ。泉質はナトリウム・塩化物泉。勝さんによると「天然の保湿成分が豊富に含まれ、肌にとてもいい」とのこと。
「シロ~!元気やったと?」。なじみの客がやってきて、体をなでられても、受付窓口で熟睡中のシロは動じない。「シロに会うのを楽しみに来られる方、結構多いんですよ」と睦子さんは目を細める。
シロは9年前の冬、雪がちらつく中、受付の建物の軒先に捨てられていたところを、勝さんの母・礼子さん(80)が保護した。まだ子猫で生後数カ月くらい。礼子さんは自宅でアメリカンショートヘアを飼っており、ねこ好きだった。凍えていたシロの姿を見たとき、どうしても放っておけなかったそうだ。
当初、勝さんは、ねこはあまり好きではなく、ここでねこを飼うことに反対だった。だが、しばらくたったころ、勝さんは、幼いシロが建物に入ってくる蛾や虫を捕まえたり、ネズミなどを追い払ったりする姿を目にして驚いた。「なかなかやるじゃないか」。それで受付の建物で飼うことを許された。
周辺には野良猫が何匹かいた。中でもこのあたりを仕切っていたのが「クロ」。黒毛で鼻の頭に黒い斑点のあるオスのボスねこだ。礼子さんは、シロを保護する前から、時折やってくるクロにも餌を与えていた。
勝さんは振りかえる。「このクロがね、かわいくないやつなんです。荒々しい性格で、決して人になつかず、せっかく餌をやってるのにシャーと威嚇したり、来たかと思えば1週間ほど姿を現さなかったり。行動範囲が広くて他の野良猫とけんかすることも多く、いつも生傷がたえませんでした」
ちなみに、クリーム色の毛並みなのになぜ「シロ」と名付けられたかというと、「母が『クロの反対はシロだから』と(苦笑)」(勝さん)。シロがここに居着くようになると、クロはシロの餌を横取りしたり、受付の前でたたずむシロを追いかけ回したりしていじめることもあったという。
そんな風来坊のクロは約2年前、敷地内で命尽きた。年老いていたので老衰だったのではという。シロはその後、ますます食欲旺盛になった。クロがいなくなり、のびのびと暮らせるようになったからかもしれない。
「いま体重は6・5キロ。久しぶりに来られたお客さんからは『あらー、シロちゃん、こんなに大きくなったの!』とびっくりされることもあります。私がちょっと散歩に行こうよと誘っても、何歩かついてくるだけで、すぐゴロンとなってしまいます。太って動くのがおっくうになってきたのかも。1日の大半は受付で寝ています」と睦子さんは少しあきれ顔。
今夏の猛暑は相当こたえたのか、7月下旬、シロは体調を崩し、動物病院に3日間入院した。点滴も打ってもらい、昼ごろ帰ってくると、シロは急に建物の前の茂みへ走りだした。いつもはおとなしいシロが、こんなふうに逃げ出すのは初めてのことだった。
睦子さんは必死で周辺を探し回ったが、夜になっても見つからず。雨も降り出し、半ば諦めた矢先、止まっていたトラックの下から、か細い声で「ニャー」と鳴いて出てきたという。「治療とはいえ3日間も離れ離れだったから…。つらい思いをさせてごめんねと、強く抱きしめました。主人も『本当によかった。心配させんなよな』って」(睦子さん)。
敷地内には自噴する高温の蒸気を使った「地獄蒸し」があり、卵や手羽先、サツマイモなどを自由に蒸して食べられる(食材持ち込みも可)。風呂に入る前に蒸し器に入れておけば、30分から1時間ほどで食材がホクホクに。雄大な景色を眺めながらつかる青湯、おいしい蒸し料理、そして看板ねこのシロ。なんともぜいたくな癒しのトライアングルだ。(デイリースポーツ特約記者 西松宏)*「豊礼の湯・豊礼の宿」熊本県阿蘇郡小国町西里 2917 電話0967・46・5525