こんなこと元大統領にしか書けない!クリントン氏の小説「大統領失踪」が話題
元アメリカ大統領ビル・クリントン氏がベストセラー作家ジェイムズ・パタースン氏と共著した初の書き下ろし小説『大統領失踪』が話題だ。国家を救う“ヒーロー”としての“大統領”。米国人にとって大統領はどのような存在なのか、そして本書が国を超えて多くの読者の心をつかむ魅力はどこにあるのか。担当編集者である早川書房の山口晶氏に聞いた。
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本書は全米100万部を突破し、Amazonの五つ星は2,966を超え、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー1位にも選ばれた。「地球上で最重要指名手配のテロリスト」スリマン・ジンドルクが指揮するテロ組織<ジハードの息子たち>が巨大サイバーテロを米国に仕掛ける。全土に広がるネットワークに仕込まれたウィルス。イラク戦争の英雄であるジョナサン・リンカーン・ダンカン大統領はこの阻止を他者にゆだねるのを潔しとせず、自らテロリストと対峙する孤独な戦いの道を選ぶ。四面楚歌の窮地の中、ダンカン大統領はいかにして祖国を救うのか。
-『大統領失踪』は発売前から大変な話題書でした。12月5日の店頭発売が始まり、ネットでの通販なども含め、現時点でどのくらいの売り上げを記録していらっしゃいますか。
重版はまだなのですが、事前にネットでの予約も通常の5倍以上入っています。よいスタートが切れました。はやくも絶賛の書評が出ています。冬休みに読みたいという方が多いですね。
-『大統領失踪』が事前に多くの関心を呼んだのはやはり元大統領が書いた小説である、というところが大きいと思います。本書は共著ですが、この部分は間違いなく元大統領であるクリントン氏しか書けなかった、と確信できる箇所があれば教えてください。
なんといっても大統領の心情ですね。普通は大統領がどんな気持ちかなんて想像もしませんよね?この本を読むと大統領がどういう気持ちで仕事に臨んでいるかがよくわかります。世界一の権力者の仕事がけっして楽ではない、それどころか厳しい決断の連続であることが伝わってきます。元大統領以外にはぜったい書けない内容です。また、タイトル通り、大統領がある理由でホワイトハウスから姿を消してしまうという筋立てなのですが、実際には大統領が失踪するのはかなり難しいようです。常にシークレットサービスが身の回りにいるので、そのあたりの手続きや脱出経路などもクリントンにしか書けない箇所ですね。
-『大統領失踪』はすでに大型テレビドラマ化が決定していらっしゃると帯にありました。放送局などの詳細は決まっていますか。
Showtime(※)というネットワークです。ただ、まだ具体的なキャストなどは決まっていないようです。※米国の主要ケーブルテレビ局の一つ。CIAの女性作戦担当官がテロリズムと戦うドラマ「HOMELAND」などヒット作を多数放送。
-本書は全米でもミリオンセラーとなり、日本での売れ行きも好調です。元大統領が書いたという話題性はもちろんですが、他にもここが読みどころです、というポイントがあったら教えてください。
単純に面白いというのが、アメリカでの主だった評判ですね。共著者のパタースンは世界で3億部以上を売り上げている世界一のエンタテインメント作家です。また、それ以外でも、サイバーセキュリティや民主主義といった現代的なテーマかつ「みんなで語りやすい」テーマが含まれているのもうけている理由かと思います。
-以前から感じていましたが、「エンド・オブ・キングダム」、「エアフォース・ワン」、「インデペンデンス・デイ」など米国映画では大統領がヒーローとして描かれるものが少なくありません。本書でもダンカン大統領は、天才ハッカー青年オーギーと組んで、まるで007シリーズのボンドとQのような抜群のコンビネーションでテロ組織と戦い抜く。一国の首相が自ら先陣を切って果敢に敵と戦う、という物語の構図は他国ではあまり見られません。例えば大ヒットした邦画「シン・ゴジラ」において前線で指揮を執りゴジラと対峙するのは、長谷川博己演じる巨大不明生物特設災害対策本部(巨災対)事務局長、矢口蘭堂であり、故大杉漣演じる日本国首相ではない。米国における“大統領”という職業の人気の理由はどこにあると思われますか。
アメリカの大統領はそもそも「戦争の英雄」の体現者なんだと思います。国を守り、勝利に導く存在ですね。国家元首にして、軍の最高責任者ですから、人気というか人望がないと決してやっていけません。実際、かつては軍人として戦争を経験した人物がほとんどでした。ハリウッド映画でも元空軍パイロット出身の大統領が自ら戦闘機を操縦して宇宙人と戦ったりするのも、そういう背景からです。日本の首相だと現実味がありませんからね。『大統領失踪』の主人公ダンカン大統領もイラク戦争の経験者という設定です。ただ、最近はクリントンもオバマもトランプも従軍経験がないので、その点、かなりイメージが変わってきたのかもしれません。
-本書の下巻の帯の裏面にトランプ政権の内幕を綴ったマイケル・ウォルフ著「炎と怒り」の広告を載せていらっしゃいますね。これは本書にはクリントン氏が現政権への何らかのメッセージを込めて書かれているということを示唆してらっしゃるようにも見受けられます。
本書には、トランプ大統領に対するある種のあてこすりとも読み解くことができます。小説内の大統領は真摯で、高潔で、正義感に溢れていますから。大統領の仕事を舐めるなというクリントンからトランプへのメッセージなのではと考えたくなります。クリントン夫妻は、トランプの不法な手段によって選挙で敗北したと思っているので、色々深読みしたくなる描写が多く出てきます。
-最後の質問です。本書をご担当するにあたって、編集者として最も喜びを感じたことを教えてください。
やはり本を発売してすぐに各所から絶賛の声が上がったのは嬉しかったですね。とくにSNSではすでに熱い感想が多く上がっています。普通は書評が出るまでに最低でも一カ月はかかりますから。それだけ期待されていたんだと思います。エンタテインメントとしての完成度の高さは言うまでもなく、リーダーシップや政治、メディア論に興味のある方にも、ぜひ手にとっていただきたいですね。いろんな読み方が楽しめる本です。(神戸新聞特約記者・山本 明)