マンションの1階に老舗蔵元!?山陽新幹線の車内販売にも採用された日本酒とは
知らずに訪れた人は、まさかここで酒造りをしているとは思わないだろう。どう見てもマンションの1階。しかし、ここで酒造りをする「神蔵」醸造元の松井酒造株式会社は、290年以上の歴史がある老舗蔵元だ。1726(享保11)年に兵庫県北部の香住で創業し、江戸末期に京都(河原町竹屋町)へ移転。さらに大正10年頃に現在の左京区吉田へと移ってきた。
ところが今から40年ほど前に近隣で地下工事があり、使っていた井戸水の水質が変わるのではないかと危惧したことや、日本酒の国内消費が減少していたことから、この地での酒造りをいったんあきらめた。蔵はマンションになり、1階は資材屋に貸していたが、2009年にそのスペースに製造設備を整え、酒造りを再開した。
「父に酒造りをやろうと言われて戻ってきた」と話すのは、十五代目蔵元の松井治右衛門社長だ。当時、東京の大学院で法律を学んでいたが、先代の呼びかけで急きょ酒造りの道へ進むことに。「父は養子だったので自分の代で家業を絶やしたくなかったのでは。私もいつかは酒造りをしたい気持ちもあったので抵抗はなかった」と振り返る。
蔵へ戻ると「ここでしかできない酒造りをしよう」と決め、麹菌や酵母の力を借りて造る酒にとって重要な「温度管理」と「衛生管理」を徹底した。清掃しやすいステンレスの蔵内には冷房設備を整え、温度制御ができるタンクを導入。人の手や感性が必要な工程と、機械でより細やかに管理すべき工程を分けた酒造りを行った。
現在の製造量は年間約250石(一升瓶で2万5000本)と京都ではもっとも規模が小さいが、業績は右肩上がり。今年10月からは同社の「純米大吟醸 五紋神蔵 KAGURA 無濾過原酒」が山陽新幹線の車内販売に採用されるなど、関西を中心にじわじわと人気が高まっている。
理由の一つは、もちろんおいしさだろう。優しい吟醸香とフレッシュな味わい。甘味と酸味のバランスがよく、飲みやすくキレがある。目指すのは「香り、味わい共に高いレベルで調和した、第一印象の良い酒」。正月などのいわゆるハレの日にしか日本酒を飲まない人や観光客にも「日本酒はおいしいもの」と印象付け、普段の消費につなげたいという狙いがある。実際、同社の酒を口にして、日本酒にハマった人も少なくない。
また、酒販店や飲食店が主催する「酒の会」や地域イベントに社長自ら出向き、商品や酒蔵のストーリーを語りながら飲み手とのコミュニケーションをはかっていることも、ファンを増やし続けている理由だ。
12月下旬には純米酒と純米大吟醸の新酒が搾られる。新たな年を迎える祝い酒として、同社の「神蔵」で乾杯してはいかがだろうか。蔵で販売しているほか、同社HPからも購入可能だ。http://matsuishuzo.com/(デイリースポーツ特約記者・山王かおり)