あの大阪名物が消える 五輪&万博キッカケに「サウナ文化」広めたビルが閉館へ
関西におけるスチームバス発祥の地として知られ「サウナ文化」や「カプセルホテル」を普及させた大阪・道頓堀の「ニュージャパンなんばビル」が3月31日をもって閉館し、67年の歴史に幕を下ろす。残り2カ月。建物の老朽化が激しく補修工事では対応できず、取り壊しが決まった。
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大阪名物の建物がまたひとつ消える。戦後間もない1952年(昭和27年)の創業当初は、現在の本館西側ビルで生バンドの演奏とホステスを配した社交場(ナイトレジャー)として営業。60年に増築され、地上9階・地下1階のニュージャパンなんばビル本館が完成し、関西初のスチームバスや大浴場を完備した温泉ニュージャパンがオープンした。
そもそもスチームバスとは、蒸し風呂のこと。当時は1台につき1人、蒸気が充満する箱の中に入り、首から上だけを出して蒸気浴を楽しむ入浴スタイルだった。運営のニュージャパン観光によると「お客さまは全身スチームバスの中で両手が使えない状態。なのでスタッフが顔の汗を拭き取ったり、ドリンクをストローで飲ませたりしていた」という。
ただし、サウナが導入されるのは、もう少し先になる。きっかけは64年の東京五輪だった。日本選手団が海外の選手村でサウナを体験し、それが日本で認知される足がかりになったといわれる。ニュージャパンも4年後に「サウナプラザ」として本格的なサウナルームを導入した。
注目はニュージャパンが東京五輪に続いて大阪万博にも影響を受けていたこと。79年には梅田に“世界初”のカプセルホテル「カプセル・イン大阪」を開業させたが、その原型は建築家の黒川紀章氏が70年の万博で提唱した未来の住まい「住宅カプセル」だった。これを当時のニュージャパン観光社長の中野幸雄が温め続け、同氏に持ちかけたものだ。
その後、バブル景気とともに客の需要も増え、ニーズに応えるように高級志向の「VIP SAUNA」、ボディケアとアカスリがコースに含まれる「センチュリープラザ」(現スパプラザ)、さらに女性専用の「レディスサウナ」、24時間営業の「カバーナ」とタイプの異なる4つのサウナ店を新設。これにナイトクラブ、スポーツジム、中国料理店、総合宴会場なども設け、複合レジャービルとして親しまれるようになった。最盛期には梅田や阿倍野、関西の有名ホテルにサウナ店を出店。俳優・夏八木勲さんが出演したCMでの「健康ですか」のセリフもこのころだ。
閉館後の跡地については未定。とはいえ「ニュージャパン梅田店」と「カプセル・イン大阪」はもちろん、営業を続ける。3月7日の「サウナの日」は、カバーナ店とレディスサウナ店で「満37歳の方+お連れ様1名は入館料無料」、スパプラザ店では「37歳の方はスパ&ロウリュコース無料」のキャンペーンを実施するという。(デイリースポーツ特約記者・山本智行)