「いだてん」で大注目の天狗倶楽部 その実態を描く「快絶壮遊 天狗倶楽部」新版発行

 NHK大河ドラマ「いだてん」で、その鍛え上げられた肉体美と派手なパフォーマンスが視聴者を釘付けにしている、かつて実在したスポーツ愛好家集団「天狗倶楽部」。倶楽部の立役者であり、ドラマでは武井壮さんが演じる押川春浪(おしかわしゅんろう)は実は日本のSF小説家の始祖とも言うべき存在であり、メンバーには作家やジャーナリスト、演劇人など多彩な人材が集結していたといいます。倶楽部内外の交友録を縦横無尽に描いた「快絶壮遊 天狗倶楽部-明治バンカラ交遊録」(横田順彌著)の新版が早川書房から2月28日に発売されると聞き、担当編集者である井手聡司氏にお話を聞きました。

  ◇  ◇

 -ほかの出版社から1999年に発売されていたのを早川書房で新版として出すことになったそうですね。

 「今年1月から放送が始まったNHKの大河ドラマ『いだてん』と、そこに登場する『天狗倶楽部』の個性的な面々は社内でも大いに話題になり、弊社にて長いお付き合いのある横田さんが昔刊行されていた『天狗倶楽部』の本を復刊できないかということになりました」

 -確かにドラマ中で、たいへんインパクトのある登場のしかたでしたね。実際のところ「天狗倶楽部」は当時どのような集団として世間で認識されていたのでしょうか。

 「大河ドラマ『いだてん』の中では、スポーツと宴会を愛する集団としての魅力が強調されていましたが、倶楽部の中心メンバーであり冒険小説家であった押川春浪が仲間たちと野球をしたのが倶楽部の始まりで、最初は『文士チーム』と呼ばれており、その名の通りメンバーの多くは当時エリートであった文芸や報道に携わる者たちです。彼らの人脈で旧制高等学校の運動部員やOBが集まってきたということもあり、今でいう文系文化の特色も強い集団でした。彼らのスポーツ活動とその後の宴会の大騒ぎの様子は、格好の新聞・雑誌ネタとなっていたようです」

 (続けて)

 「活動種目もやがて、野球、相撲、テニス、柔道、陸上、ボートと多岐に亘り、スポーツを中心としつつも奇天烈な騒動を引き起こす面白そうな集団として注目されていたようですね。同じく高学歴であっても、スマートで上品な文化に対抗した、粗野で野蛮を旨とする飾らないストレートな価値観は、ハイカラに対するバンカラ文化の象徴のひとつとして、日本文化の一翼を担ったのではないかと思います」

 -少年時代は退学を繰り返すなどたいへんな親泣かせもした押川春浪さん。が、後年は大人気雑誌「冒険世界」の主筆(編集部の総責任者)を務めたり苦境にある青年作家に助けの手を差し伸べたり、と有能で情に厚い面を本書の中で見せてくれますね。

 「押川春浪の行動原理を表す最も分かりやすい言葉は『正義か否か』であったといいます。損得勘定を気にせず困っている者を助け、世の中にとって正しいこと、公正であるかといった大局的な視点で物事を見られた方であり、それゆえ多くの友人を作りユニークな倶楽部を発展させることができた傑物であったと考えています」

 -実は、押川春浪さんは日本の古典SFの始祖であると本書にはあります。代表作「海底軍艦」はどんな内容でしょうか。

 「世界漫遊旅行の途中で旅客船が海賊に襲われて沈没し、主人公の男は絶海の孤島にたどりつきますが、そこでは大日本帝国海軍の櫻木大佐が来るべき戦いのために密かに新型潜水艦『電光艇』を建造していたのだった…というのが押川春浪の『海島冒険奇譚 海底軍艦』のはじまりです。シリーズは人気を博し、1900年から足掛け7年で外伝まで含め第8部まで刊行されたそうです」

 -本書に押川春浪さんと仲間たちの、たいへん愉快なエピソードが次から次へと描かれます。その中でも特にお薦めのエピソードを教えてください。

 「『いだてん』では満島真之介が演じた、天狗倶楽部の倶楽部員にして早稲田大学応援隊初代隊長、吉岡信敬のエピソードがとても印象的です。これは本書の第5章冒頭に記されていることですが、明治39年に『早慶戦中止事件』というものがありました。野球の早慶戦の応援があまりに加熱し、慶応側が大隈重信邸前で悪口雑言を吐き、早稲田側が福沢諭吉邸前で騒ぎまくり、双方の応援隊の席配分で揉めに揉めてこれ以後早慶戦野球が19年間も中止になってしまうという事件でした。吉岡信敬は馬車でグラウンドに乗り込むとか馬上応援をしたといった話が残っていて、これらはほとんどが後に作られた伝説なのですが、『虎髯将軍』とあだ名されバンカラ中のバンカラと呼ばれた吉岡らしいエピソードですね」

 -本書の著者であり、SF作家でもあった横田順彌さんの作品には天狗倶楽部が登場するお話もあるそうですね。

 「ご自身がSF・冒険小説作家である横田順彌さんが、押川春浪と天狗倶楽部の面々を主人公に書いた『火星人の逆襲』は、H・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』でロンドンに火星人が襲来する話が本当にあった出来事だとして、その13年後、押川春浪らが実際に活躍していた時代に火星人が2度目の地球攻撃をしてきたら…という物語です。『人外魔境(ロストワールド)の秘密』のほうは、コナン・ドイルの小説『失われた世界』の中で描かれた、チャレンジャー教授たちが南米で恐竜を発見したギニア高地に押川春浪らが探検に行き、彼ら同様恐竜に出会うのですが、そこにドイツの間諜が絡んできて…という冒険小説です。いずれもたいへん面白く、ほとんどの登場人物は実在の人物で、明治時代のその日の天気までもが忠実に再現されている「明治時代の現代小説」ともいうべき徹底した時代考証の基に描かれています」

 -本書は現在放送中の大河ドラマに登場する人気の集団を描いた作品です。ぜひ本書の読みどころを教えてください。

 「本書の『解説』で北原尚彦さんが述べているように、明治・大正期の文学を理解するには、作品よりも人脈を調べることが必要だということが、本書を読むとよくわかります。押川春浪から始まって、国木田独歩、田山花袋、新渡戸稲造、永井荷風、夏目漱石ら、思いがけない人物との関係が明らかになってきます。また、天狗倶楽部の活動も大河ドラマ『いだてん』ではマラソンと野球が中心でしたが、生田斗真演じる三島弥彦が学生相撲の元祖として活躍する様なども本書では詳述されています。明治・大正期という時代の転換期に海外文化の影響を受けたバンカラなエリートたちが、文武両道で壮大な夢を体現した時代の勢いが伝わってきます。平成が終わりまた大きな時代の転換点を迎えつつある今こそ、改めて読む価値がある内容だと思います」(神戸新聞特約記者・山本 明)

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