現存する伝説の「傷だらけの天使ビル」に潜入!萩原健一さん死後、聖地にファン集う
平成最後の春、昭和から大きな足跡を残した人が世を去った。俳優で歌手の“ショーケン”こと萩原健一さん(享年68)もその1人。3月の死去後、代表作である日本テレビ系ドラマ「傷だらけの天使」(1974年10月~75年3月放送)の舞台となった都内のビルがSNSで話題となり、現場に行ったファンの投稿が続いた。昭和から平成を経て令和となる今も現存する伝説のビルに潜入した。
「傷だらけの天使」で、探偵事務所の調査員・木暮修(萩原)と乾亨(水谷豊)が住む「エンジェルビル」の屋上にあるペントハウス。最終回、肺炎で死んだ亨を寝かせた部屋に入って来た建設会社の主任(森本レオ)が「今夜中に取り壊すので」と修に立ち退きを伝える場面があるのだが、現実のビルはまだ壊されていなかった。
JRと都営地下鉄の代々木駅改札を出て徒歩1分もかからない。駅前の通りに面した「代々木会館」がそうだ。年季を感じさせる、くすんだ色の外観。道に面して「うなぎ」「金物屋」「PACHINKO」、2階に「リーチ麻雀」、3階に「ビリヤード」といった看板があるが、店はない。階段を上ると「2階飲食店街」と書かれた掲示板があり、焼肉店や小料理屋など9店舗あったが、入口の扉は閉ざされていた。
現在、営業しているのは1階の居酒屋と3階の中国関連書店のみ。ビルは6階建て(屋上の建て増し部分を除く)で、4階から上には入れない。それでも、45年前の東京に溶け込んでいたビルが、いまだ解体されずに残っているという奇跡。“東京の九龍城”と称され、5年ほど前までは「廃墟ツアー」として上階に侵入する人もいたというが、近年は完全に封鎖されている。
居酒屋の店長に話を聞いた。「小学生の時に土曜夜10時の放送をリアルタイムで見ていた」という50代半ばの男性だ。訃報を受け、4月末現在も、店内に萩原さんの写真やレコードを掲げ、「ショーケン、今までありがとう。私達は貴方を一生忘れない。貴方は私達の心の中で共に生き続ける」という手書きのメッセージと共に、花を手向けた“祭壇”がある。「ドラマと、このビルの関係を知って来てくださるのは40~50代のお客さんが多いです」。“聖地巡礼”の場になっていた。
ツイッターでは「長く残してほしい建物」「時計が止まっている」「心をわしづかみにされた」などの感動コメントの一方、「近々取り壊しになるらしい」という伝聞ツイートも。店長は「噂なんですよ。『なくなるんですか』と気になって来る方もいますが、取り壊されるのならその前に店も通知するわけで」と説明。権利関係など複雑な問題もあるのだろう。少なくとも「今のタイミングで、すぐに(解体は)ないと思います」という。
来店する20代客の多くは、写真の中で修の隣にたたずむ亨が「相棒」の水谷豊と同一人物であることを知らないという。だが、一歩外に出ると、インスタ映えする角度でスマホを構える中高年がいる。あのドラム缶風呂のあった屋上にはもう入れないが、カメラを向けると「アキラ~ッ!」「ア~ニキ~ィ」という声が聞こえてくる…ような気がした。
(デイリースポーツ・北村泰介)